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前立腺癌

今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その11)

大津地裁の仮処分決定に待機患者さんともどもたちまち一安心したと思ったら、病院側は子供じみた言い訳を掲げて仮処分の取り消しを求めてきたからほんまに笑えるほどにたちが悪いのだけどもそんな中、小線源治療を終え、放射線治療も終えて約3か月目ということで3ヶ月目といえば頻尿頻便も若干治まったような、、でも爆発寸前ぎりぎりセーフのヒヤリ事例は跡を絶たずまだまだ油断は禁物の3ヶ月目、問題の滋賀医科大学付属病院の放射線科を訪ねた。問題といってもここで間違ってはいけないのは滋賀医科大学付属病院の問題は病院の上層部の一部の先生がたに色々な問題や事件やコンプライス違反等々の間違いや犯罪があるだけで病院自体はもとより、他の先生方、看護師さん、その他のお勤めの方々、ましてや大学へ通う学生さん、守衛さん看板さんにもレストランにもローソンにも罪や責任もないし全く悪くなんか無い。そんな滋賀医科大学付属病院のいつもの受付で訪ねた放射線科では皆さんのいつもの笑顔にほっとしたのもつかの間、にこにこ顔の河野先生からお呼びがかかり「どうですか」「だいぶ楽になりました」「OKですね」で終わり。220円を支払い、瀬田駅行のバスに乗り、JR瀬田駅からJR膳所駅まで移動、JR膳所駅からは京阪膳所駅まで徒歩で30歩?三井寺駅で降りるもくどうクリニックはそこからほんの20歩?。早く着きすぎたため三井寺を目指して歩いてみるも駅の横から山の方向へ向かって流れている運河?があり興味深々。琵琶湖から山に向かって流れている運河故、沿って歩けば三井寺に当たるだろうと歩きつつ立派な水門に見入る。運河は後で琵琶湖疏水運河と知るが、この石造りの運河は自然の河川にはない勢いで流れており、当然泳いではいけないのは当然ながら水道局管理下で立ち入り禁止となっており、立ち入るためには結構な高さの柵があるため、我が阪神タイガースが誤って優勝してもここに飛び込むものは居ない。故に観光客は牢屋の鉄格子から覗き見るがごとく水路を眺めることになっている。このごうごうとした流れはここ滋賀の三井寺から長等山のトンネルを潜り、京都の鴨川や宇治川に水を送っているということも後で知る。初夏の運河を横目にぶらぶらと歩けば気持ち涼しく、おおよそ25分程でぜいぜいと三井寺に到着。振り返り見渡せば琵琶湖も見えてなかなか気分もよろしい。往復の時間を計算し三井寺を後に下山するも見ごたえのある寺院群とはいえ、滋賀の寺院は奈良と異なり京都よりなのかしらん?入山料600円はちょい高い。くどうクリニックは元々心療内科が専門の小さな病院らしく、京阪線に隣接しており電車から手を伸ばせば洗濯物に手が届きそうな下町を走る阪神電鉄に似ている。そんなちんちん電車が駐車場をかすめ通る小さな美容院のような井出達のクリニックは待合室に5脚の椅子で一杯なのに滋賀医科大学付属病院の岡本先生からくどうクリニックの岡本先生充の紹介状を手にどんどんやってくる前立腺癌患者さんとその付添?の奥様まで詰め込んで酸欠状態。やがてせかせかといつもの様子で岡本先生登場、患者さんが次々に呼ばれ流れでゆきひと安堵。岡本先生は放射線科の問診もこっちで私がやるので次回から滋賀医大にはいかなくてもよいと言い血液検査と処方箋で終了。あとは病院側が仮処分の取り消しを求めてきたときのとびっきり阿呆な理由①治療体制②混乱について熱く怒り語ってくださいましたが、ひとりひとりに丁寧に①②について繰り返し熱く語っておられたようだった。支払いを終え処方箋を手に満員の待合室を横目に再び京阪とJRを乗り継いで滋賀医科大学最寄のJR瀬田駅前のビジネスに投宿。もう滋賀医大にもこのホテルにも、それから行きつけの小料理屋にも行くことはないのだなと思えば計30日間寝泊まりした愛着のある病院故に寂しい思い。バスタブで疲れを癒し、ママの顔を見るのもこれまでかなとこれまたちょっぴり寂しい思い、とぼとぼといつもの小料理屋へと向かうのでありました。

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今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その10)

岡本先生より「デモに参加せよ」との指令が届きホテルを予約するにも何故か滋賀医科大学付属病院最寄りの「瀬田駅」周りのホテルが満室?値段をあげることでなんとか数駅離れた「大津駅」裏の改札口地下道直結型のホテルが取れ一安心していたのもつかの間、草津駅前でのデモ行進&シュプレヒコールに参加する日がやってきた。いままでも署名活動やスタンディング、JR駅前での集会等々に出席はしてきたけれどもデモ行進は初めて。新幹線で京都までうつらうつら、HuluElementaryを観るでもない寝るでもない、在来線に乗り換え琵琶湖右回りの琵琶湖線で草津駅に到着すれば遠目にも見えてきた東口に数々の幟、それらはゆらゆらとまるで戦国時代の武将が武者震いをしているようにも見えるが目を凝らしてみると幟を持って佇んでいるのは勇ましくはないじいちゃん集団。私もじいちゃんで同類なのだが皆さん病気が前立腺癌なだけに高齢の男性に限定、すでにお日様と照り返しに炙られ苦々しく肩で息をしている方も居るように見えた。やがて拡声器が幾度もハウリングを起こしながら「くれぐれもご自分の体は自己管理#@水分補給を◆&#」ぶわぶわと風に揺れる拡声器の声は聴きとりづらい。そんなこんな注意事項が述べられ待機患者さんたちの挨拶があり「それでは@*▽!」どうやら出発か?暑さのせいで若干不機嫌にも見える大津警察官の方々による誘導に従って車道を2列で歩き、シュプレヒコールで声張り上げながらぞろぞろ歩いていると突然目の前の景色は一気に高校3年の夏だったか春だったか?米軍基地前の国道189号線にトリップした。思い出した、デモ行進は初めてじゃなかった。反戦喫茶に大物フォーク歌手が来たというような噂を聞きつけては周りをうろついてみたり、丈の長いジーンズに踵の高い靴を履きギターを持っていったりきたりぶらぶらしてみたりのそんな高校生のある休日、長髪でヘルメットを持った学生運動真っ最中の大学生風に声をかけられた。反戦デモに参加しないかということだったので機動隊と衝突し、暴れて警察に保護されるまま停学になる自分が目に浮かんだがそれよりなにより面白そうなので速攻でOKした。あくる日の約束の場所に集まればスクラムを組んで小走りでのデモ行進が始まり、ジグザグ走りに慣れないままに「ヤンキーゴーホーム!アメ公帰れ!安保粉砕!アメ公帰れ!」と笑顔で声を張り上げるのはそれなりに楽しかったが父の職業が外人相手の絵描きだったり、自分も外人の友人も居ることでなんとなく後ろめたい気持ちもあり、複雑な思いだった。デモが終わると3千円だったか2千円だったかが配られ何だか不思議な気持ちで冷房の効いたパチンコ屋に転がり込み玉弾きながら煙草ふかし、大人気分で好い気になっていたような記憶があるが、そんなこんなあれから40数年が過ぎた今現在、まさか前立腺癌にかかったことが縁?というか何というか炎天下のデモ行進なのだ。うむむと声を飲み込みシュプレヒコール。草津駅東口からショッピングモールから市街地からぐるぐると歩いて叫んで汗だくのままやがて草津駅西口に到着、ゴールでのイベントは特になく自然解散とのことなので速攻「大津駅」裏のホテルに投降したが、遠方から来た人(私のことではなく)がなんとなく気の毒で心に残った。かくいう自分とてそのまま帰ればいいのに泊まったのはあくる日大阪のカーディーラーに用事があるからというかデモの日程に合わせて貰ったからで、契約した赤のRENAULTのバンは大衆車であり、その高級外車というかプレミアカー専門店のだだっ広い駐車場の片隅でで悲しそうに浮いていたから益々なんとかしてあげようという気持ちになった。呉SOGO閉鎖前にペットショップで大きくなりすぎて餌が貰えず窮屈なケージの隙間から私の指をぺろりと舐めた餓死寸前のノルウェイジャンフォレストキャットを見つけ、後日キャリーバッグに入れて抱いて帰ったことを思い出した。赤いRENAULTのバンは4人乗ってもキャンプ用具が全て詰めるという理由だけで気に入ったのだが、早く取りにいかないと怖い顔したBENZBMW、ポルシェたちプレミアムカーに苛められてしまうのではないかと心配している。岡本教授の前立腺癌小線源治療学講座は任期まで延長され、たちまちの待機患者さんたちはもう助かる喜びで一杯、声を聴くだけで嬉しくなった。癌を宣告され治療法と病院の選択で眠れない日々を過ごしていたある日、岡本教授の前立腺癌小線源治療学講座を見つけ、高リスク前立腺癌のトリモダリティ治療による非再発率の数字を見たときの喜び、そして恐る恐るのメール、速攻帰ってきた岡本先生からのどちらかと言えば朴訥な「23年先でも治ります」との夢のような返信。患者会の皆さんは皆私と同じようなプロセスを経て今生きており、待機患者さんの気持ちは手に取るように判るのである。次は前立腺癌小線源治療学講座の延長ではなく、講座の契約更新による治療の継続を願うものである。そのほうが患者は助かるし、病院も儲かるのにねえ~もう喧嘩はやめて欲しい。

今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その9)

1週間入院の小線源治療治療を終えた5週間後、3.5週間入院の外部放射線治療も無事終わってもう1か月が過ぎた。待ち遠しく焦がれた私の高リスク前立腺癌の治療はこれですべて終わり、あとは副作用の対応とPSAの経過観察となる。放射線による副作用の頻尿や排尿痛、頻便に排便痛は今のところ想像の範疇であり、先輩方のブログで確認しているとおりでもあり、外出時には気を付けるようにしているというか、トイレの無い場所や車両には極力近寄らないし乗らないようにしている。頻尿の程度は自分ではよく分からないが健康時の1.5倍から2倍くらいか?漏れる寸前というか先っぽ摘まんでトイレに駆け込むようなヒヤリは数多くあれど今のところパンツを濡らすまでの悲惨な事故に至った経験は未だ無いが、切羽詰まった状況で駆け込んだ状況の割にいざその放水量はなんとも乏しく情けなくちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろと長いったらなく、若干の排尿痛のせいなのか止まったのがまだ出ているのかが未だもって解らない。同期生で近江八幡のTさん曰く「一旦止まるんやけど5分くらい構えたままにしとかなまた2発目が出ますねん」とおっしゃっておられた意味が解る。構えたままにしているともうひと搾り、2番絞りがもっとか弱くちょろちょろと出るような出ないような、そんな深夜の排尿は一気に老人になったような情けなさなのだが決して今が不健康というわけでもなく、若干の倦怠感はあれど食欲旺盛の暴飲暴食、毎晩のビールに追っかけで飲む焼酎が欠かせない日々はとてもじゃないが癌患者の生活ぶりとは思えない程能天気だ。思い起こせば昨年春、高リスク前立腺癌を告知され、絶望のまま車をやみくもに走らせ、仕事も手につかずネットで治療方法や闘病日記を検索し続けていた日々。PCや本に向かうことでなんとか正常を保っていた日々。目覚めるたびに夢であって欲しいと願う日々。今とても前立腺癌で苦しみぬいた患者とは思えないここんとこのお気楽な生活ぶりは何と言っても色々な先輩方の闘病日記で紹介されていた滋賀医科大学付属病院前立腺癌小線源治療学講座特任教授の岡本圭生先生の「小線源治療を希望される患者さんへhttp://www.shiga-med.ac.jp/~hqdbpc/brachytherapy6.html」というページにたどり着いたことが全てだ。岡本メソッドの成績は高リスク患者であっても5年非再発率が95%という極めて好成績な治療であり、はっきり日本一、その実績は1100人を超える。ページにはなんと?「前立腺がんの治療法でお悩みの方やセカンドオピニオンをご希望の方は、遠慮なく下記の担当医までメールでご相談くだされば幸いです。」とあり、この文を幾度読み直したことか。そしてこのページの下のほうには岡本先生宛のメールアドレスが本当にぽんっ!と載っており、その間口の広さにも驚くまま、お忙しい先生と聞いているからなるべく簡潔にと読み直しては編集し、消しては書いて漸く思い切って「送信」すれば半日置いて「大丈夫です。普通に治ります。〇月〇日に予約しておきますのでこれこれの資料をお持ちください。」というような簡潔なメールが来て思わず声が出て飛び上がった。「やった~!」もう治った気持ちになって小躍りするお調子者で小心者の私。迷いのかけらもなく、岡本先生に10000%お任せするまま無事に長い入院治療も終え、現在自分が癌患者だという自覚すら無い状態の私に回りの人達は眉を寄せ心配顔で近寄ってくる。元気なのに「元気になったら一杯やろう」と言うから別に元気だし、毎日お酒も飲んでるよというと「それなら飲もう」「いつ飲もうか」というようなことになるために退院祝いの宴が一時期続き、胃腸の調子が悪くなったが治療が終わったら恩返しだ。岡本先生も「生かされた命に感謝するとともに、今からは他人のために使いなさい」と後光が射すなか言っておられたがまさにそのとおり。滋賀医科大学付属病院側が閉講しようとしている前立腺癌小線源治療学講座をなんとか契約更新、治療を継続させることで、待機患者さんたちを一日も早く絶望の淵から救って欲しいと願うものである。癌を宣告された患者の気持ちは患者本人にしか分からない。生かされた私の命は今後も極力患者会等の活動にあて積極的に参加することで恩返しをするものである。(と言いながらなかなか診療の日と合わないのでここのところ参加出来ずにいるのだが我が気持ちは5割がた滋賀に置いて)

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今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その8)

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滋賀医科大学付属病院で岡本先生の小線源治療後6週間が経ち、いよいよ最後の仕上げ=外部放射線治療の入院と相成る。外部放射縁治療は癌の悪性度により小線源治療に加えて設定される高リスク前立腺癌退治のセットメニューのようなものであり、更に悪性度が増せばホルモン剤の投与となりその3点セットはトリモダリティと呼ばれる。私の場合は前項2点セット、小線源治療で前立腺に直に放射線シードを埋め込み、更に外部からの放射線で上下左右の4方向より追加の放射線を受けて仕上げることになる。外部照射は土日を除く4週間弱毎日行われることになるが、そのかかる時間は待ち合わせと位置合わせとを加えても10分ほど。正味の放射線が放射される時間は4方向ぞれぞれ5秒程だと思う。おどろおどろしい放射線治療システム「NOVALIS-TX」というでかいガントリーのついたMRIみたいなロボットに横たわると、前もってとっておいた型に臀部と足部をはめ込んでレーザによる腰関節の位置合わせと更にX線による位置のチェックも行われているようだがしかしNOVALISおっかないったらない、毎日毎回ガントリーが顔の前をすれすれにごんごんと回転するのを眺めていると睾丸のあたりの毛がふわりと逆立ち、「きゃーっ!」って叫びそうになるのをこらえるのは閉所恐怖症のわしというか俺というか私というか僕。しかしたかが数秒とはいえNOVALISの3DCRT4門放射の威力は流石で放射2週間目あたりから頻尿の症状が加速した。元々小線源が埋め込まれた後、排尿回数が1.5倍程度にアップし頻尿ともいえない頻尿予備軍だったのに、今回の外部放射から一気に一軍いりを果たすもやはり嬉しくないぞ正規頻尿。どなたのブログにも書いてある頻尿、排尿痛、残尿感(残尿痛)更に追ってやってくる頻便、排便痛、残便感(残便痛)に困惑しつつも現在に至っているが、頻尿というか突然やってくる逼迫した尿意には参った。おしっこしたいなあ、、って思っても通常は少々の距離や時間の猶予があったのに、今のそれには余裕が無い。おしっこしたいな?と思ったらもう出はじめているというかもろにその寸前なのだ。思いついたら10秒以内にトイレに向かわなければ大変なことになる、そんな急な尿意なのだ。治療初日から1週間はそこまでの症状もなく旅行気分で土日の温泉やビールを満喫していたのだが、2週目を過ぎたあたりから行動にきっちりとトイレ位置を組み込まなければならなくなってきた。外出時にはまず帝産バスに乗る前のトイレ、瀬田駅に着いたらトイレ、JRで移動したら移動先の駅でトイレ、兎に角トイレがある都度トイレを済ませておく習慣が必須となった。入院先は6C。展望レストランの隣に棟になるのかな見晴しの良い病棟で入院時には4人部屋が空いてないという理由で一番でかい個室で自由を満喫。ネットもPCも使い放題ということで仕事も出来てHULUやAMAZONの映画やドラマで退屈はしなかった。部屋は地理的にも奥まった騒音の無い静かな位置にあり、騒音や夜通し鳴り響くナースコールや深夜の雄たけび「た~す~け~て~!」等とは無縁の世界、シャワーもトイレも部屋にあり、シャワー好きの私にとって最高の宿となったがやがて2週目で副作用の出始めたころ、婦長さんの案内で4人部屋に落ち着き、婦長さんに叱られてはPCをこっそり使っていたがやがての週末、いつものように外出して温泉三昧の挙句ビールを少し頂いてベッドに戻ったあくる日の朝、久しぶりに快眠し「ああ、いい天気」なんて背伸びしていると何やら同室の男衆がざわめいていて様子が変。よくよく聞いてみれば私が夜中に酷い鼾をかいて同室の3名が朝まで眠れなかったとかなんとか、なんとかしろとナースセンターにかけこんだとかなんとか、、うむむ、これはどうしようもなく速攻自宅の最高司令官に指示を仰ぎ婦長さんに個室に移る旨申し出たことは言うまでもなく、婦長さんも差額ベッド代金の追加に加え、苦言の対応にこまっていたところへ速攻引っ越しの申し出とくればにっこりOKは当然のことか。ほいさほいさを機嫌よくベッドとテーブルを運んでもらい2度目の引っ越しをすれば窓には琵琶湖。PCもLANも使い放題、シャワーは無いが頻尿頻便に個室のトイレは有難く、夜も更ければ部屋の明かりをすべて消し、琵琶湖の夜景、比叡山や武奈ヶ岳の明かりを眺めてつつベッドを倒し、目が覚めればうっすら明るくなってゆく琵琶湖と比叡山に武奈ヶ岳の3点セットを眺めるという贅沢だった。小線源の治療は岡本先生と河野先生により毎週3名が火曜日に執り行われるのだが、私の治療日の同期生についても幾度か通ううちに段々と顔が分かってきて、合えば挨拶を交わす程度から、お互いの状況について情報交換するまでになり、色々と楽しかった。一人は近江八幡在住のTさんで漫才師大助花子の宮川大助さんにちょっと似ている大先輩はトリモダリティで外部放射線に通ってこられ、幾度も待合で会っては情報交換をするうちに同行の奥さんに差し入れを頂いたりで感謝しかない。もう一人は横浜から来られていた先輩Nさん。私と同じ小線源+外部放射線で外部放射線については地元の横浜で受けるとか、滑舌のよい話し好きの不動産屋さん。この方とは電話で症状について何かと情報交換させていただいているのだが、瀬田駅前で呑みに行くお店が全く同じということで今度前乗りして呑みましょうねなどと約束している。入院中人と話すことがほとんど無く、当然地元ではないので知り合いに会うこともないのでこういった同期生との会話はなんとも有難くてこれもまた感謝しかない。是非とも岡本先生にお願いして診察日を3人合わせて頂くことにしよう。とかなんとか岡本先生と病院の問題は片付くことなく病院側の強硬なだんまりとWEBでの反論で先が見えないが、入院時にも入院前にもデモやスタンディングには胸を張って参加させて頂いた。今後も通院時にそういった活動があれば参加したいと思うが、この問題は難しい。なんとかお互いが怪我をしないええところ妥協策に落着いて頂いて是非とも講座閉講の延期=待機患者の命をまず救ってほしいと訴えるものである。また、今後も岡本先生と河野先生セットでのフォローも希望するというか10年先の完治をお二人の口で宣言してもらいたいと切に願う。

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今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その7)

いよいよ私の悪性度の高い前立腺の小線源による放射線内部照射治療は退屈な入院から始まった。本来、ここ滋賀医科大学付属病院の「前立腺癌小線源治療学講座」の治療日程は月曜日入院、火曜日手術、木曜日退院と決まっているのだが、私の日程による入院する月曜日=手術前日がなんと成人の日に当たるためその日の入院不可ということでその前の営業日にあたる前の週の金曜日が入院日と相成った。当然特にすることもない朝昼晩の3食を食べ、暇に任せて売店通い、ベッドでパソコンを開きグミキャンデイやプリンを食べhuluの映画やドラマばかり観ていたらあとの手術前後の絶食で差し引いてもきっちり1kg太っていたから困ったものだ。因みに今回観たドラマは「グレイズアナトミー・シーズン13」「刑事ジョン・ルーサー」「ブルーストーン42」だがやはり刑事ジョンルーサーのアリス・モーガンのチャーミングさが秀逸。病室で噴出したことも数回だが今回は放射線の関係で1泊1万の個室なのでかまうものか、能天気にげらげら笑って涙も流した。そんなこんな今回、パソコンを観ているか何か食べているか、廊下や階段、病院外をうろうろ散歩しているかで始まった入院生活も前日の手術前日ともなれば点滴が始まったり、投薬が始まったり、絶食も始まった上に、下剤2リットルを10分毎、10回に分けて呑んだり、便器に座ったり立ったりお尻を拭いたり、パソコンのドラマを止めては立ち上がりトイレに行き、下剤を飲んではまたベッドに座りパソコンのドラマの再生ボタンを押す、となかなか気ぜわしいまま合間を縫って会陰部の剃毛?恥ずかしい私は「自分でやります」と進言、そのときの看護師のほんのわずか、ほっとした表情は見逃さないままやがての就寝。あくる日は手術当日につき当然の絶食、術着に着替え、肛門からの浣腸、これは自分では無理だと判断し看護師さんにお任せし、やがて時間ですよの声に看護師さんとお馴染みの放射線科の治療室?へ。台に座り腰に麻酔を打たれ、足をこうして手は何処を持ってと指示されるがまま会陰部を突き出し、両足を高く掲げとんでもない屈辱的な姿勢のまま固定され、岡本先生と河野先生の指示とも返答とも世間話とも取れる話し声を聴きつつ画面を見つめているとモニターに竹林のように沢山突き刺さっている長い針の影を確認、うむむこれなのか?とその動きを追いたいのだが眼鏡を外しているため良く見えない、うむむ、うむむとココロの中で唸っているとやがて1.5時間が経過「OOさん、終わりましたよ」「楽なもんでしょ」との岡本先生の声賭けに「ありがとうございました」とかすれ声でなんとか返事のビビリ屋で痛がり屋の私。ストレッチャーに乗せられCTを撮り、ベッドに帰るまで全くの人任せ、下半身に力が入らないため皆さんに持ち上げられてはの移動だったがほんまに申し訳ない気持ち。ベッドに帰って来たのが昼過ぎ、そこから明くる朝までの18時間が皆さんが皆ブログに書いてらっしゃる「一番辛い時間」だった。起き上がってはいけない、頭を上げてはいけない、枕をしてはいけない、下半身麻痺の状態なので寝返りもままならず、ああでもないこうでもない、麻酔が切れて来るにつれ足を動かして身体の向きを替え、iPhoneでhuluを観たりしたが時間は経たないし、動くたびに尿道カテーテルの突っ込んで居る先が痛む。持ってきた湿布を腰に貼ってもらい、横に向いたり正面を向いたりと寝返りを繰り返しているうちに手術疲れからなのかやがての丑三つ時から明け方にかけて就寝、そして気が付けば朝、動いても良い起き上がっても良い何を食べても良い朝を迎える喜びでアルプスの少女ハイジのように部屋中をスキップするも点滴が絡み尿道カテーテルが痛み、血尿が袋にだだらだらと流れるのが見えて凹む。とはいえ手術の終わった喜びはひとしお、朝食も昼食もすきっ腹に上手い上手いと食べていたら岡本先生が尿道カテーテルを引っこ抜きに来られ恐縮。ありがとうございますしか言えない私。夕ご飯を食べやがて最後の抗生物質の点滴も終わり、全ての管の取れた快感ったらない。早速売店に走りたいのだがまだまだ放射線管理下故の外出禁止。とはいえの管無し爽快感のままfuluを観ながら安心しきっての就寝。明くる朝は退院の日、昨日同様の放射線技師による放射線測定が終わったと思ったら事務員さんが来られ「ナースセンターに声かけをして会計を済ませてください」というからあれよあれよとのうちに1030分退院となった。次回は4週間後のポストプラン、そして6週後から5週間実施される外部放射線治療で私の治療は完結される。ありがたいことだが、今回の入院日程の期間に患者会のデモやビラ配り、署名活動が寒空の中行われていたことは勿論周知の上だ。ココロ痛むまま小線源前故の安全策としてあえて参加は出来なかったのが言い訳だが、小線源治療を終え、岡本先生そして河野先生コンビに寿命を頂いたこの身体は今後私の為にではなく他人の為、具体的には大学病院トップの学長及び病院長の権力行使のおかげで岡本先生の治療が受けられない30数名の待機患者さんのために、私の寿命を割いてゆくことを誓うとともに、たちまち地元の患者会メンバーとも合流し、署名及びビラ配り活動を継続してゆこうと思う。年末あちこちにお願いしていた署名活動での紙面上の署名は400名を超え、皆さんには本当に感謝しかない。署名の目的は岡本先生の滋賀医科大学付属病院「前立腺癌小線源治療学講座」の閉講撤回のお願いだが、病院側の愚考はそれどこではなく、今ぼろぼろと嘘のようなコンプライアンス違反が露見し益々病院の地位と名誉を貶めている。勿論普通に真面目にこつこつと医師としての使命を全うされているお医者さんしか居ないことは間違いないのだろうが、ことの発端の大学病院トップである学長及び病院長のポンコツによって大学病院のブランド力はぐらぐらと土台もろとも崩れ落ちそうだ。滋賀医科大学付属病院は至急!高リスク前立腺癌患者を助ける岡本先生の「前立腺癌小線源治療学講座」閉講を撤回するべきだ。助けを求め藁をもつかむ気持ちで滋賀大学付属病院を訪ねる患者の気持ちはわたしとて同じだった。患者を受け入れないことはどう考えても間違っている。医師が患者を見殺しにすることは出来ない。不祥事は即刻是正し、人事を徹底的に整理整頓及び排除して、病院が掲げておられる基本理念及び基本方針に則った恥ずかしくない姿への再構築をお願いしたい。このままでは待機患者は勿論のこと、傾向管理途中の患者さん、そして正しい医師、看護師、そして隣の大学に通っておられる生徒さんたちが可愛そうである。

 

 

 

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今年の春の前立腺癌さわぎ(その6)

 

 

揺れに揺れている滋賀医科大学付属病院問題に一喜一憂しながら150人を超える署名を手に胸を張って瀬田駅前に前日入り、駅前の小料理屋で結構やらかし羽目を外した明くる朝、滋賀医科大学行きのバス停を見れば駅階段近くまで伸びている長蛇の列、こりゃあ乗れんかもしれんと思ってたら意外にもバスはするするとその長蛇を飲み込んでまだ余裕があるから驚くまま、滋賀医科大学付属病院を訪ねて受付を済ませしんみりと待っていたらせかせかと忙しそうに岡本先生が一番手の患者を呼びに来られたが、また少しお痩せになったんじゃないかしら?密かに心配するのは如何なる問題解決も岡本先生の健康が大前提故、やがて2番手の私を呼びに来られ、開口一番「紙の爆弾は?」購入しましたと私「遠いから署名運動で協力を」200名を目標に今集めているところですと私「それでいいです」げぼげほと咳き込みながら岡本先生は待っておくように言い、放射線科の河野先生の診察を受ける。その後2度目のお呼びでいよいよプレプランかあと覚悟。穴あきパンツに履き替え、仰向けで大きく足を上げた格好で固定され、もうどうにでもしてっ!という段階で尿道に管が入った。いたたたた!「しごきますよ」と言うや否やばいんばいんというかびよ~んびよ~んというかおちんちんを引っぱっては管を通し空気を入れて膨らませ前立腺を固定し、次は肛門にプローブが入り前立腺の測定が始まった。およそそこから数分で測定が終わり、涙を拭いてパンツを履き替えおちんちんの先っぽにガーゼをあてがい若干の内股で処置室を出るも尿意が半端ない。出ても出ても残尿感があり、結局採血して帰るまで6回もトイレに駆け込んだかな?プレプランは手術前の小線源を幾つどのように埋め込むかの計画が立てられ、これによって注文する線源の個数が決まるというわけらしい。というわけでお次は来月の手術ちゅか小線源は切ったり縫ったりしないんだから手術ではないんかな?そんなこんな前日から痛み止めと抗生物質を飲まされて挑んだプレプラン、前立腺癌の痛い順番からいうと1位はなんといっても生検、ほんで2位が堂々このプレプランであろう。ちなみに手術の場合は麻酔下故に痛くもなんともないらしい。ということは今回のプレプランで痛い痛い峠は全て登り終わったということになる。で、さて癌にはならないに越したことは無いけど、成ったからには良い治療法、そして良い先生に巡り合うことが重要であり、私は人生で最高の選択に出会った信じてている。「治ります」なんて言う医師は見たことも訊いたこともない、滅多に居ない。だから術後はもう自分の心配は一切しないで、20197月以降受け入れてもらえないことになっている患者のために、患者会の一員として講座を打ち切ると声明した病院へ撤回を求める活動にたとえ微力であれお手伝いをしようと思う。この場をお借りして署名に賛同くださった友人親族そしてバンド仲間に感謝します。ありがとうございました。50歳を過ぎた男性の皆さん、定期健診の血液検査にオプションにある「PSA」を指定ください。そして万が一値が大きくなって、専門医を尋ねるように紹介されたら滋賀に名医が居ることを思い出してください。

 

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今年の春の前立腺癌さわぎ(番外編)岡本先生の前立腺癌小線源治療学講座を守れ

 

 

3年前の大腸癌の経過は順調で再発転移も無いままのんべんだらりんんことしよったら今回の前立腺癌の騒ぎはここ数回書いたとおり。(「今年の春の前立腺癌さわぎ(その15)参照)滋賀医科大学「前立腺癌小線源治療学講座」の岡本先生になんとか診てもろうて一安心しよったんじゃがなんと!?病院側とのいざこざがあり正義の味方の岡本先生が立ち上がったちゅう一件落着と思いきや(https://siga-kanjakai.syousengen.net/)、なんちゅうことか面子のつぶれた病院側からの仕返しちゅうんかいな一方的に岡本先生の「「前立腺癌小線源治療学講座」」は2019年を以って閉講するちゅうようなわやを言うてきた。横暴としか言いようが無いわや。過去に渡って1100人以上を診て来て、高リスク癌であっても完治率96%ちゅうぶち凄い結果を出しちょる治療が打ち切り?!そんとなことがあってええんじゃろうか??わしの予定は1月~2月じゃけえなんとか治療してもえらえるようなんじゃが、今も全国からわらをも掴む気持ちの前立腺癌患者が押し寄せて順番待ちしよるんじゃっちゅうに、病院側は閉講宣言のあとはだんまり決め込んでぶち悪いやつ等じゃけえ許せんのんよね。ほんでお願いは滋賀医科大学岡本先生の「前立腺癌小線源治療学講座」の継続お願いの署名なんよね。PDF添付しちょるけん「よおし」っちゅうて共感してくれた人は印刷して署名して(ochintajp@gmail.com)まで連絡してくれたら郵送先を返信します。封筒や紙代、切手代金は間違いなくお支払いしますけん是非よろしくお願いします。

 

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今年の春の前立腺癌さわぎ(その5)

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今まさに揺れているS医科大学付属病院(https://www.asahi.com/articles/ASL8Q5TFVL8QUBQU01J.html)に行き、S医科大学前立腺癌小線源治療学講座O教授の診察を受けるも教授は相変わらずの不機嫌ではないのだろうが開口一番患者会に入りましたか?というようなことを訊き、私はごにょごにょと返事が曖昧になるまま教授の口が開くのを待てばPSAの値も低いのでトリモダリティまでやる必要はない=ホルモン療法はしなくて良い、と言って頂きほっとする。トリモダリティとは小線源内部照射治療(*1)+放射線外部照射治療(*3)+ホルモン療法、この3つを行うという意味であり、trimodality therapy 3併用療法ということらしいが、そ。3つの治療法のうち2つ「小線源内部照射治療」+「放射線外部照射治」で私の悪性度の強いPSA9.99GS=9の高リスク癌を完治させるという方針。因みにホルモン治療をすると癌は小さくなるが、副作用として薄毛が治りふさふさになる、筋力・体力及び男性機能が低下する、肌がつやつやのなるとともにおっぱいがでかくなる等々嫌だったので本当にほっとした。(因みに、女性化しても男性を好きになるようなことは無いらしい)小線源治療の入院日が決定し、次回は小線源内部照射治療のプレプラン(*2)ということに相成る。プレプランで測定した前立腺の体積等から放射線カプセルの注文数を決めアメリカに発注、入荷次第小線源内部照射治療が執り行われる段取りだ。たちまち次回は小線源内部照射治療のためのプレプラン。ロキソニンが3日分処方されていることもあり、多分尿道カテーテルが痛いんだろうなあ、今から股間が痛むような金玉が疼くような尿道がちぢみあがるような感覚に支配されている。

*1小線源内部放射治療
 1mm×5mmの小さなチタン製カプセルに密封された放射性同位元素ヨウ素125を前立腺の中に60-80個留置し、内側から放射線をがん組織に照射する治療。
 カプセルの放射線は外部に影響を与えることなく、1年をかけて減衰し、最後はゼロになる。
 麻酔のため無痛、副作用は頻尿等

*2プレプラン
 用意する小線源の個数を決定するために、実際に治療を行う前に経直腸超音波検査によって
前立腺の大きさ・形を測定、事前に治療のシミュレーションを行うこと。
尿道にカテーテルを挿入し、治療時と同じ体位をとり、経直腸エコーを用いて前立腺の形態を3次元的に解析してコンピューターに取り込む。
 治療時は麻酔がかかるため尿道カテーテルはもプローブ等無痛だが、プレプランでは痛いとされる。

*3放射線外部照射
 放射線外部照射とは、リニアックと呼ばれる装置を用いて体外から放射線を照射する治療。
 CT画像をもとに、標的となる病変の部位、大きさ、種類などによってそれぞれ最適な照射方法が決定される。通常一日一回、土日祝日を除いた平日の毎日続けて、約5週間行う。

今年の春の前立腺癌さわぎ(その4)

I医療センターからのお返事を持ち新幹線で2時間、京都駅で乗り換えた琵琶湖線の車両は軽めの冷房に反し京都独特の絡みつくよう蒸し暑さに参りながらつり革を握りなおしていると「米原―京都間でお客様と車両が接触する事故云々・・」放送に耳を傾けているとどうやら人身事故で琵琶湖方面への足止めを食らったと知る。すかさずJR職員にバスや私鉄等、他の移動手段について問い合わせるも病院最寄り駅「瀬田」までの手段は無いという。再開予定が40分先ということでこれは焦っても仕方ない飯でも食おうと職員に切符を見せて改札を出るや否や煮干うどんの看板が目に入り、冷え冷えのつべたい(冷たい)うろん(うどん)で脳内が満たされふらふらと券売機に向かえば「天ざる」ちゅうか「鶏天ざる」が目に入りすかさず注文。券を店員さんに手渡し「よおし!ここでゆっくり涼んで・・」とばかりに客席を目指せばなんと立ち食い店舗と判明。良く観れば奥に椅子席もあるが当然のように満席。とほほほとばかりに出てきた鶏天ざるは50点。麺はまあまあ、5個もある鶏天ははっきり言えば揚げ直した鶏のから揚げそのもの。適当に残しおよそ120秒の休憩を兼ねたお食事はショルダーバグを置くことも無く、ジャケットを左手に持ったままあたふたと終えたのでありました。待ち時間の残り38分間座れる場所を見つけ、時折駅員に詰め寄りながら待つこと40分、予定時刻に発射する車両は特別快速と判明。特別快速は病院最寄の瀬田駅には止まらないため、1.京都駅でもう一本電車を待つ、2.瀬田駅の手前の石山駅で降りてもう一本電車を待つ、3.石山駅で降りて瀬田駅まで行く、4.石山駅で降りてタクシーで病院まで行ってしまう、以上の4択となり、たちまち石山駅まで行って選択肢を検討するという方針に決定でそのまま特別快速でうだりながらつり革を128回持ち直した頃、数分遅れながら無事発車。しかし1つ目の山科駅でまさかの待ち。うだりながら戦意喪失しているうちにやがて発車、そんなこんな石山駅に到着し駆け足でタクシー乗り場に向かえば待機タクシー3台に対して乗り場に立っているのはサラリーマン風情の男性3名、よしよしと向かえばその3人、全く相互関係のない3名らしく11台に乗り込んで残りタクシーは0台。汗だくのままぼんやりと待てど暮らせど来ぬタクシー、通り過ぎるタクシー、病院の予約時間まであと20分、もう間に合わんと思い始めたところに結構なマスターグレードのタクシー登場。冷房も嬉しいまま運転手さんと琵琶湖線の事故について歓談しつつ気がつけば結構な渋滞で全く進まない。大津市の交通状況について質問というかはっきり苦情に近い質問をするうちに運転手さん私の急ぎ具合を察してか病院の予約時間を聞いて来たので「1330分です」と答えた現在時刻は1325分、しかし運転手さんのリアクション無し。アクセルはぼんやりとひらかれ、ブレーキはやんわりと絞めこまれ、信号にはあああ?うんんんと反応し、滋賀医科大学に入りそうになりながらも思いとどまって滋賀医科大学付属病院に無事到着。受付を済ませ無事1335分というまさかの5分遅れで放射線科にたどり着いたのでありました。採血、血液凝固検査、心電図を済ませ「前立腺小線源外来」でぼんやり過ごせばやがてのコール、O先生のお話は今回「患者会」の話から、一応ニュースは読んでいたので話かみ合わないこともないままジャブもフックもカウンターパンチも無いまま無事のスタート。I医療センターよりの大腸癌に対する所見について良好である旨のお返事と、滋賀医科大学による前立腺癌の悪性度を評価するグリソンスコアの再評価結果、悪性度が初回評価の8⇒今回評価の9と悪性度が高くなったことにより私の治療方針が言い渡される。「小線源単独ではなく、小線源による内部照射+外部照射」内部からしっかり放射線を当てた結果により、外部照射する範囲や回数を決めましょうと言われ了解する。「貴方の場合、高リスクとは言っても重度ではないから私の治療で100%完治しますよ」「大丈夫」と言い切る医師は日本中探してもここにしか居ないかも?。治りますと言ってもらえた安堵感は春に発覚し告知された時点での絶望との両極面にあるが、この安堵感は全ての癌患者が皆手に入れることは出来ない。胃や腸の癌は初期に見つけて切れば治るが、前立腺の場合には選択肢が多く、選択するのは癌患者自身になる。癌患者が正しい知識を身につけていない状況で医師の言うままに従えばきっと高額なダヴィンチ等の減価償却に付き合わされるだろう。ダヴィンチでも人手による開腹術での摘出でも、確かに浸潤や転移が無ければ癌の再発は無い。しかし目に見えない癌細胞が何処かに潜伏していたせいで再発したという例はごく普通に当たり前のように存在するのも事実。くれぐれも治療(医師)を選んで決めるのは癌患者なのだ。決めるのは医師ではない。前立腺癌を告知されたら、書籍やネットでの前立腺癌と戦った諸先輩がたの闘病記録やヒットしたレポートを片っ端から読み、希望する治療方法を得手とする施設、熟練度の高い医師を探し出し、たちまち近いだけの理由で受診していた泌尿器科にセカンドオピニオンをお願いし、以下の資料を用意してもらい行動に移るべきだ。

 

1.紹介状

 

2.PSAの値の推移

 

3.CT,MRI,骨シンチの画像(CD

 

4.生検のプレパラート(生検標本の乗ったガラス板)

 

5.生検の報告書

 

6.10本の生検が前立腺のどこから採取されたかがわかる図面

 

そんなこんな滋賀医科大学付属病院での小線源治療の入院日程も決まり、O先生とのお話も終わり会計を済ませたのは夕刻。瀬田駅行きのバスに乗ればこれまた超弱冷房車両、瀬田駅のホームに汗だくで出てみればなんとか駅で駅員を揃えているから電車が止まっているとかどうとかこうとかもにょもにょ。息の乱れとうだる頭の重くなったこの感じは熱中症手前?すかさずトイレを済ませ、アクエリアス500CCを一気、リポビタンデーを追加しているうちによちよちと電車到着う~。つり革にぶらさがったまま京都に着けば実は不味い「東海道肉づくし」弁当(焼き鳥・味噌カツ・すき焼き)を手に無事全席禁煙車両に乗り込み本日のミッションコンプリートなのでありました。滋賀医科大学付属病院の職員さんをはじめ検査してくださった先生や看護師さんありがとうございました。また入院時に宜しくお願いします。ここの職員の皆さん優しく「ありがとうございますう~」の連発、はんなりした京都弁でもないやかましい大坂弁でもない、ひたすら優しいイントネーションで患者の不安や絶望を和らげてくれる神対応、どなたかのブログにも職員の対応の良さを褒めて書いておられたが、ほんまそのとおりや思うとともになしてか反省するわし。

 

 

 

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今年の春の前立腺癌さわぎ(その3)

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5/16当日、SS医科大学付属病院を訪ねる。朝一番の新幹線で京都まで行き、琵琶湖線で瀬田駅下車。どなたかのブログに書いてあった「餃子の王将」の前バス停でバスに乗り、大学ではなく付属病院前で下車。受付で診察券を作って貰い、放射線科(泌尿器科ではなく?)で待つこと数時間、コールがかかり若干の緊張のまま挨拶もそこそこに座るや否やの質問攻め。「2015年に肺癌と大腸癌をやってますが問診票に正確に記入して」「大腸から肺の転移で見つかったということで主治医の先生は再発率・生存率についてどう言われましたか」「肉親に癌で亡くなったかたは」あたふたと説明するうちに漸くO先生の本意を理解。小線源療法後は1年間有効な放射線のカプセルを埋め込み、そのまま生涯暮らすことになるが、もし?小線源が放射能を放つ有効期間の1年以内に亡くなった場合についての危惧。放射能のカプセルを法的に適正なる処置下に置くために施術医にお呼びかかかり取り出さなければならないのだそうだが、その法的処置について地理的物理的に不可能が故、大腸癌の再発転移で一年以内に亡くなることが無いのかどうか心配しておられることが理解できた。自分的には2015年に肺に転移していた肺癌と親元の大腸癌の摘出手術を受けて5年生存率は転移していたが故にSTAGEⅣの10%、更に抗癌剤投与で15%に向けて自分を信じ3年が経過した訳だが、ここで亡くなる心配をされるとは思わなかった。STAGEⅣと言っても全身転移とか多臓器に渡っての転移とか手術不可能のケースとかと同等のSUTAGEではあるが私の場合、患部は全て取り除いたケースであるわけで、、のところでO先生「血液による遠隔転移ですから100%は不可能」とばっさり。確かにおっしゃるとおりです。先生は更に5年生存後のことも心配しておられ、II医療センターの私の主治医への手紙を持たせることで納得されたようだった。更に待合で控えているとお呼びがかかり採血。看護師のお姉さんが注射器を扱いながら「先生、大丈夫でしたか?」と含みのお言葉。??大丈夫じゃない患者さんがおられるのですか?と質問すると嬉しそうに「はい」とのこと。気難しいというか真面目な学者さんなのだと思う。1430分に来るよう言われ6階の展望レストランで琵琶湖を眺めつつ日替わりのビッグチキンカツ定食。食生活に反省が無い大腸癌及び前立腺癌患者のわたし。1430分処置室にて、上半身はネクタイ姿で下半身は得意のフリチン、後ろに穴の開いた紙パンツを履いてお産するような台に仰向けに乗って両足を高く広く固定されたと思ったら「息を吐いて~」多分、直腸越しの前立腺の触診。先生と看護師とわたしの住む街について雑談(ほっとする)しながら多分エコーのプローブによる診断。肛門激痛のままなんとか終える。更に数時間待ち、治療方針案が発表、小線源による放射線内部放射単独、あるいは外部放射との併用とのことだった。私の希望は小線源による放射線内部放射単独。一番副作用が少なく、日数もかからない。但し、放射線線源の取り扱い注意。そんなこんな長時間待合いで座り続けた疲れも残るまま在来線で本家のある奈良市に移動、行き着けの小料理屋で飲むビールは美味かった。

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