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前立腺癌

今年の春の前立腺癌さわぎ(その5)

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今まさに揺れているS医科大学付属病院(https://www.asahi.com/articles/ASL8Q5TFVL8QUBQU01J.html)に行き、S医科大学前立腺癌小線源治療学講座O教授の診察を受けるも教授は相変わらずの不機嫌ではないのだろうが開口一番患者会に入りましたか?というようなことを訊き、私はごにょごにょと返事が曖昧になるまま教授の口が開くのを待てばPSAの値も低いのでトリモダリティまでやる必要はない=ホルモン療法はしなくて良い、と言って頂きほっとする。トリモダリティとは小線源内部照射治療(*1)+放射線外部照射治療(*3)+ホルモン療法、この3つを行うという意味であり、trimodality therapy 3併用療法ということらしいが、そ。3つの治療法のうち2つ「小線源内部照射治療」+「放射線外部照射治」で私の悪性度の強いPSA9.99GS=9の高リスク癌を完治させるという方針。因みにホルモン治療をすると癌は小さくなるが、副作用として薄毛が治りふさふさになる、筋力・体力及び男性機能が低下する、肌がつやつやのなるとともにおっぱいがでかくなる等々嫌だったので本当にほっとした。(因みに、女性化しても男性を好きになるようなことは無いらしい)小線源治療の入院日が決定し、次回は小線源内部照射治療のプレプラン(*2)ということに相成る。プレプランで測定した前立腺の体積等から放射線カプセルの注文数を決めアメリカに発注、入荷次第小線源内部照射治療が執り行われる段取りだ。たちまち次回は小線源内部照射治療のためのプレプラン。ロキソニンが3日分処方されていることもあり、多分尿道カテーテルが痛いんだろうなあ、今から股間が痛むような金玉が疼くような尿道がちぢみあがるような感覚に支配されている。

*1小線源内部放射治療
 1mm×5mmの小さなチタン製カプセルに密封された放射性同位元素ヨウ素125を前立腺の中に60-80個留置し、内側から放射線をがん組織に照射する治療。
 カプセルの放射線は外部に影響を与えることなく、1年をかけて減衰し、最後はゼロになる。
 麻酔のため無痛、副作用は頻尿等

*2プレプラン
 用意する小線源の個数を決定するために、実際に治療を行う前に経直腸超音波検査によって
前立腺の大きさ・形を測定、事前に治療のシミュレーションを行うこと。
尿道にカテーテルを挿入し、治療時と同じ体位をとり、経直腸エコーを用いて前立腺の形態を3次元的に解析してコンピューターに取り込む。
 治療時は麻酔がかかるため尿道カテーテルはもプローブ等無痛だが、プレプランでは痛いとされる。

*3放射線外部照射
 放射線外部照射とは、リニアックと呼ばれる装置を用いて体外から放射線を照射する治療。
 CT画像をもとに、標的となる病変の部位、大きさ、種類などによってそれぞれ最適な照射方法が決定される。通常一日一回、土日祝日を除いた平日の毎日続けて、約5週間行う。

今年の春の前立腺癌さわぎ(その4)

I医療センターからのお返事を持ち新幹線で2時間、京都駅で乗り換えた琵琶湖線の車両は軽めの冷房に反し京都独特の絡みつくよう蒸し暑さに参りながらつり革を握りなおしていると「米原―京都間でお客様と車両が接触する事故云々・・」放送に耳を傾けているとどうやら人身事故で琵琶湖方面への足止めを食らったと知る。すかさずJR職員にバスや私鉄等、他の移動手段について問い合わせるも病院最寄り駅「瀬田」までの手段は無いという。再開予定が40分先ということでこれは焦っても仕方ない飯でも食おうと職員に切符を見せて改札を出るや否や煮干うどんの看板が目に入り、冷え冷えのつべたい(冷たい)うろん(うどん)で脳内が満たされふらふらと券売機に向かえば「天ざる」ちゅうか「鶏天ざる」が目に入りすかさず注文。券を店員さんに手渡し「よおし!ここでゆっくり涼んで・・」とばかりに客席を目指せばなんと立ち食い店舗と判明。良く観れば奥に椅子席もあるが当然のように満席。とほほほとばかりに出てきた鶏天ざるは50点。麺はまあまあ、5個もある鶏天ははっきり言えば揚げ直した鶏のから揚げそのもの。適当に残しおよそ120秒の休憩を兼ねたお食事はショルダーバグを置くことも無く、ジャケットを左手に持ったままあたふたと終えたのでありました。待ち時間の残り38分間座れる場所を見つけ、時折駅員に詰め寄りながら待つこと40分、予定時刻に発射する車両は特別快速と判明。特別快速は病院最寄の瀬田駅には止まらないため、1.京都駅でもう一本電車を待つ、2.瀬田駅の手前の石山駅で降りてもう一本電車を待つ、3.石山駅で降りて瀬田駅まで行く、4.石山駅で降りてタクシーで病院まで行ってしまう、以上の4択となり、たちまち石山駅まで行って選択肢を検討するという方針に決定でそのまま特別快速でうだりながらつり革を128回持ち直した頃、数分遅れながら無事発車。しかし1つ目の山科駅でまさかの待ち。うだりながら戦意喪失しているうちにやがて発車、そんなこんな石山駅に到着し駆け足でタクシー乗り場に向かえば待機タクシー3台に対して乗り場に立っているのはサラリーマン風情の男性3名、よしよしと向かえばその3人、全く相互関係のない3名らしく11台に乗り込んで残りタクシーは0台。汗だくのままぼんやりと待てど暮らせど来ぬタクシー、通り過ぎるタクシー、病院の予約時間まであと20分、もう間に合わんと思い始めたところに結構なマスターグレードのタクシー登場。冷房も嬉しいまま運転手さんと琵琶湖線の事故について歓談しつつ気がつけば結構な渋滞で全く進まない。大津市の交通状況について質問というかはっきり苦情に近い質問をするうちに運転手さん私の急ぎ具合を察してか病院の予約時間を聞いて来たので「1330分です」と答えた現在時刻は1325分、しかし運転手さんのリアクション無し。アクセルはぼんやりとひらかれ、ブレーキはやんわりと絞めこまれ、信号にはあああ?うんんんと反応し、滋賀医科大学に入りそうになりながらも思いとどまって滋賀医科大学付属病院に無事到着。受付を済ませ無事1335分というまさかの5分遅れで放射線科にたどり着いたのでありました。採血、血液凝固検査、心電図を済ませ「前立腺小線源外来」でぼんやり過ごせばやがてのコール、O先生のお話は今回「患者会」の話から、一応ニュースは読んでいたので話かみ合わないこともないままジャブもフックもカウンターパンチも無いまま無事のスタート。I医療センターよりの大腸癌に対する所見について良好である旨のお返事と、滋賀医科大学による前立腺癌の悪性度を評価するグリソンスコアの再評価結果、悪性度が初回評価の8⇒今回評価の9と悪性度が高くなったことにより私の治療方針が言い渡される。「小線源単独ではなく、小線源による内部照射+外部照射」内部からしっかり放射線を当てた結果により、外部照射する範囲や回数を決めましょうと言われ了解する。「貴方の場合、高リスクとは言っても重度ではないから私の治療で100%完治しますよ」「大丈夫」と言い切る医師は日本中探してもここにしか居ないかも?。治りますと言ってもらえた安堵感は春に発覚し告知された時点での絶望との両極面にあるが、この安堵感は全ての癌患者が皆手に入れることは出来ない。胃や腸の癌は初期に見つけて切れば治るが、前立腺の場合には選択肢が多く、選択するのは癌患者自身になる。癌患者が正しい知識を身につけていない状況で医師の言うままに従えばきっと高額なダヴィンチ等の減価償却に付き合わされるだろう。ダヴィンチでも人手による開腹術での摘出でも、確かに浸潤や転移が無ければ癌の再発は無い。しかし目に見えない癌細胞が何処かに潜伏していたせいで再発したという例はごく普通に当たり前のように存在するのも事実。くれぐれも治療(医師)を選んで決めるのは癌患者なのだ。決めるのは医師ではない。前立腺癌を告知されたら、書籍やネットでの前立腺癌と戦った諸先輩がたの闘病記録やヒットしたレポートを片っ端から読み、希望する治療方法を得手とする施設、熟練度の高い医師を探し出し、たちまち近いだけの理由で受診していた泌尿器科にセカンドオピニオンをお願いし、以下の資料を用意してもらい行動に移るべきだ。

1.紹介状

2.PSAの値の推移

3.CT,MRI,骨シンチの画像(CD

4.生検のプレパラート(生検標本の乗ったガラス板)

5.生検の報告書

6.10本の生検が前立腺のどこから採取されたかがわかる図面

そんなこんな滋賀医科大学付属病院での小線源治療の入院日程も決まり、O先生とのお話も終わり会計を済ませたのは夕刻。瀬田駅行きのバスに乗ればこれまた超弱冷房車両、瀬田駅のホームに汗だくで出てみればなんとか駅で駅員を揃えているから電車が止まっているとかどうとかこうとかもにょもにょ。息の乱れとうだる頭の重くなったこの感じは熱中症手前?すかさずトイレを済ませ、アクエリアス500CCを一気、リポビタンデーを追加しているうちによちよちと電車到着う~。つり革にぶらさがったまま京都に着けば実は不味い「東海道肉づくし」弁当(焼き鳥・味噌カツ・すき焼き)を手に無事全席禁煙車両に乗り込み本日のミッションコンプリートなのでありました。滋賀医科大学付属病院の職員さんをはじめ検査してくださった先生や看護師さんありがとうございました。また入院時に宜しくお願いします。ここの職員の皆さん優しく「ありがとうございますう~」の連発、はんなりした京都弁でもないやかましい大坂弁でもない、ひたすら優しいイントネーションで患者の不安や絶望を和らげてくれる神対応、どなたかのブログにも職員の対応の良さを褒めて書いておられたが、ほんまそのとおりや思うとともになしてか反省するわし。

 

Davinchi

今年の春の前立腺癌さわぎ(その3)

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5/16当日、SS医科大学付属病院を訪ねる。朝一番の新幹線で京都まで行き、琵琶湖線で瀬田駅下車。どなたかのブログに書いてあった「餃子の王将」の前バス停でバスに乗り、大学ではなく付属病院前で下車。受付で診察券を作って貰い、放射線科(泌尿器科ではなく?)で待つこと数時間、コールがかかり若干の緊張のまま挨拶もそこそこに座るや否やの質問攻め。「2015年に肺癌と大腸癌をやってますが問診票に正確に記入して」「大腸から肺の転移で見つかったということで主治医の先生は再発率・生存率についてどう言われましたか」「肉親に癌で亡くなったかたは」あたふたと説明するうちに漸くO先生の本意を理解。小線源療法後は1年間有効な放射線のカプセルを埋め込み、そのまま生涯暮らすことになるが、もし?小線源が放射能を放つ有効期間の1年以内に亡くなった場合についての危惧。放射能のカプセルを法的に適正なる処置下に置くために施術医にお呼びかかかり取り出さなければならないのだそうだが、その法的処置について地理的物理的に不可能が故、大腸癌の再発転移で一年以内に亡くなることが無いのかどうか心配しておられることが理解できた。自分的には2015年に肺に転移していた肺癌と親元の大腸癌の摘出手術を受けて5年生存率は転移していたが故にSTAGEⅣの10%、更に抗癌剤投与で15%に向けて自分を信じ3年が経過した訳だが、ここで亡くなる心配をされるとは思わなかった。STAGEⅣと言っても全身転移とか多臓器に渡っての転移とか手術不可能のケースとかと同等のSUTAGEではあるが私の場合、患部は全て取り除いたケースであるわけで、、のところでO先生「血液による遠隔転移ですから100%は不可能」とばっさり。確かにおっしゃるとおりです。先生は更に5年生存後のことも心配しておられ、II医療センターの私の主治医への手紙を持たせることで納得されたようだった。更に待合で控えているとお呼びがかかり採血。看護師のお姉さんが注射器を扱いながら「先生、大丈夫でしたか?」と含みのお言葉。??大丈夫じゃない患者さんがおられるのですか?と質問すると嬉しそうに「はい」とのこと。気難しいというか真面目な学者さんなのだと思う。1430分に来るよう言われ6階の展望レストランで琵琶湖を眺めつつ日替わりのビッグチキンカツ定食。食生活に反省が無い大腸癌及び前立腺癌患者のわたし。1430分処置室にて、上半身はネクタイ姿で下半身は得意のフリチン、後ろに穴の開いた紙パンツを履いてお産するような台に仰向けに乗って両足を高く広く固定されたと思ったら「息を吐いて~」多分、直腸越しの前立腺の触診。先生と看護師とわたしの住む街について雑談(ほっとする)しながら多分エコーのプローブによる診断。肛門激痛のままなんとか終える。更に数時間待ち、治療方針案が発表、小線源による放射線内部放射単独、あるいは外部放射との併用とのことだった。私の希望は小線源による放射線内部放射単独。一番副作用が少なく、日数もかからない。但し、放射線線源の取り扱い注意。そんなこんな長時間待合いで座り続けた疲れも残るまま在来線で本家のある奈良市に移動、行き着けの小料理屋で飲むビールは美味かった。

今年の春の前立腺癌さわぎ(その2)

「転移は無い」「前立腺に限局」「ステージB」「なのでダヴィンチによる前立腺摘出手術で綺麗さっぱり取るのがお勧めです」との説明を受けたところでその先、あああ綺麗さっぱりならOKOK。ダヴィンチのお世話になりましょうと言うべきタイミングで「それともご自分でネットとかで探された他の病院とかおありでしたら」と言ってもらえて切り出しやすくなり速攻「セカンドオピニオンでもあるんですけど、S医科大学付属病院のO先生への紹介状をお願いします。」とお願いすると診察室の空気が一機に和らいだ。主治医も笑顔。わたしも笑顔。紹介状と共に必要な画像や生検のプレパラート等をお願いし、更に気分は前立腺癌完治気分。あとは5月16日のS県行きを待つばかりというところで(その3)に続く。
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今年の春の前立腺癌さわぎ(その1)

PSA(前立腺癌マーカー)が閾値の4.0を上回ったのは数年前のこと、産業医より泌尿器科に行くよう言われ泌尿器科を尋ねて血液検査、エコー、触診(肛門より指を入れてうっふんではなく、直腸越しに前立腺を診察)等々を行い、何もないけど精密検査要ということで医療センター送り。医療センターでは血液検査、エコー、触診、MRIの結果、何もないですねえと一旦の様子見。その後若干の右肩上がりのまま更に上昇傾向にあるPSAが今春になって8.0をマークしたところで再度産業医より泌尿器科。血液検査、エコー、触診結果何も無いけどPSAの上昇が止まらないということで(前立腺肥大等であれば上がってから平行推移らしい)再度の医療センター送り、血液検査、エコー、触診、MRIの結果何もありませんねえというところで生検と相成る。生検とは直腸越しのエコーで画像を観ながら細い針で10箇所程度前立腺を刺して組織を採取し、癌細胞の有無と悪性度を判定する検査。ここI医療センターでは麻酔を使用しないというので一旦躊躇するも、結局数ヶ月待って生検を行った。検査結果=告知となることもある数日後、行き着けの神社にお参りを済ませ医療センターを訪ねるも「10本中4本に癌細胞あり」「GS=悪性度8」「高リスク」とのお達しに身体の芯まで冷え切る。その後転移の有無を確認するための骨シンチとCT検査を行い、再度数日後結果を聞きに行く。「転移は無い」「前立腺に限局」「ステージB」「なのでダヴィンチによる前立腺摘出手術で綺麗さっぱり取るのがお勧めです」との説明を受ける。癌細胞が見つかってからの数日は大変だった。あがっていたのか告知を受ける私より興奮した若い医師がせきを切って早口で伝え急ぐのを落ち着いたまままともに受けたその日は車に乗って何処をどう走っていたか記憶が無い。関係者に結果報告をするとともになんとかサバイバルモードに切り替え前立腺癌の情報収集に努め、食事を取り、ビールを飲み、意外にも簡単に眠りについたものだ。それからの数日は前立腺癌の勉強に明け暮れ、己の前立腺の様態を正しく理解するとともに数多い治療方法やその治癒率について知ると共にとあるブログから小線源による放射線内射療法(あるいは放射線外射との併用、あるいはホルモン療法との併用=トリモダリティ)で沢山の患者さんを救っているS医科大学のO教授に行き着いた。非常に忙しい先生と聞いてはいたが当方の状態のメールを送ってみたところ半日置いてレスがあった。短文ではあったが「1~2年先でも治りますよ」の文章を幾度読み返したことか。516日に初診予約をして頂き、もう完治したかの気分でS県行きを楽しみにするまま引き続き前立腺癌のお勉強に勤しむ日々、いつもと同じようにビールを飲み、S県行きを夢見て眠るのでありました。(つづく)



Seiken


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