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2019年4月

今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その9)

1週間入院の小線源治療治療を終えた5週間後、3.5週間入院の外部放射線治療も無事終わってもう1か月が過ぎた。待ち遠しく焦がれた私の高リスク前立腺癌の治療はこれですべて終わり、あとは副作用の対応とPSAの経過観察となる。放射線による副作用の頻尿や排尿痛、頻便に排便痛は今のところ想像の範疇であり、先輩方のブログで確認しているとおりでもあり、外出時には気を付けるようにしているというか、トイレの無い場所や車両には極力近寄らないし乗らないようにしている。頻尿の程度は自分ではよく分からないが健康時の1.5倍から2倍くらいか?漏れる寸前というか先っぽ摘まんでトイレに駆け込むようなヒヤリは数多くあれど今のところパンツを濡らすまでの悲惨な事故に至った経験は未だ無いが、切羽詰まった状況で駆け込んだ状況の割にいざその放水量はなんとも乏しく情けなくちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろと長いったらなく、若干の排尿痛のせいなのか止まったのがまだ出ているのかが未だもって解らない。同期生で近江八幡のTさん曰く「一旦止まるんやけど5分くらい構えたままにしとかなまた2発目が出ますねん」とおっしゃっておられた意味が解る。構えたままにしているともうひと搾り、2番絞りがもっとか弱くちょろちょろと出るような出ないような、そんな深夜の排尿は一気に老人になったような情けなさなのだが決して今が不健康というわけでもなく、若干の倦怠感はあれど食欲旺盛の暴飲暴食、毎晩のビールに追っかけで飲む焼酎が欠かせない日々はとてもじゃないが癌患者の生活ぶりとは思えない程能天気だ。思い起こせば昨年春、高リスク前立腺癌を告知され、絶望のまま車をやみくもに走らせ、仕事も手につかずネットで治療方法や闘病日記を検索し続けていた日々。PCや本に向かうことでなんとか正常を保っていた日々。目覚めるたびに夢であって欲しいと願う日々。今とても前立腺癌で苦しみぬいた患者とは思えないここんとこのお気楽な生活ぶりは何と言っても色々な先輩方の闘病日記で紹介されていた滋賀医科大学付属病院前立腺癌小線源治療学講座特任教授の岡本圭生先生の「小線源治療を希望される患者さんへhttp://www.shiga-med.ac.jp/~hqdbpc/brachytherapy6.html」というページにたどり着いたことが全てだ。岡本メソッドの成績は高リスク患者であっても5年非再発率が95%という極めて好成績な治療であり、はっきり日本一、その実績は1100人を超える。ページにはなんと?「前立腺がんの治療法でお悩みの方やセカンドオピニオンをご希望の方は、遠慮なく下記の担当医までメールでご相談くだされば幸いです。」とあり、この文を幾度読み直したことか。そしてこのページの下のほうには岡本先生宛のメールアドレスが本当にぽんっ!と載っており、その間口の広さにも驚くまま、お忙しい先生と聞いているからなるべく簡潔にと読み直しては編集し、消しては書いて漸く思い切って「送信」すれば半日置いて「大丈夫です。普通に治ります。〇月〇日に予約しておきますのでこれこれの資料をお持ちください。」というような簡潔なメールが来て思わず声が出て飛び上がった。「やった~!」もう治った気持ちになって小躍りするお調子者で小心者の私。迷いのかけらもなく、岡本先生に10000%お任せするまま無事に長い入院治療も終え、現在自分が癌患者だという自覚すら無い状態の私に回りの人達は眉を寄せ心配顔で近寄ってくる。元気なのに「元気になったら一杯やろう」と言うから別に元気だし、毎日お酒も飲んでるよというと「それなら飲もう」「いつ飲もうか」というようなことになるために退院祝いの宴が一時期続き、胃腸の調子が悪くなったが治療が終わったら恩返しだ。岡本先生も「生かされた命に感謝するとともに、今からは他人のために使いなさい」と後光が射すなか言っておられたがまさにそのとおり。滋賀医科大学付属病院側が閉講しようとしている前立腺癌小線源治療学講座をなんとか契約更新、治療を継続させることで、待機患者さんたちを一日も早く絶望の淵から救って欲しいと願うものである。癌を宣告された患者の気持ちは患者本人にしか分からない。生かされた私の命は今後も極力患者会等の活動にあて積極的に参加することで恩返しをするものである。(と言いながらなかなか診療の日と合わないのでここのところ参加出来ずにいるのだが我が気持ちは5割がた滋賀に置いて)

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今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その8)

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滋賀医科大学付属病院で岡本先生の小線源治療後6週間が経ち、いよいよ最後の仕上げ=外部放射線治療の入院と相成る。外部放射縁治療は癌の悪性度により小線源治療に加えて設定される高リスク前立腺癌退治のセットメニューのようなものであり、更に悪性度が増せばホルモン剤の投与となりその3点セットはトリモダリティと呼ばれる。私の場合は前項2点セット、小線源治療で前立腺に直に放射線シードを埋め込み、更に外部からの放射線で上下左右の4方向より追加の放射線を受けて仕上げることになる。外部照射は土日を除く4週間弱毎日行われることになるが、そのかかる時間は待ち合わせと位置合わせとを加えても10分ほど。正味の放射線が放射される時間は4方向ぞれぞれ5秒程だと思う。おどろおどろしい放射線治療システム「NOVALIS-TX」というでかいガントリーのついたMRIみたいなロボットに横たわると、前もってとっておいた型に臀部と足部をはめ込んでレーザによる腰関節の位置合わせと更にX線による位置のチェックも行われているようだがしかしNOVALISおっかないったらない、毎日毎回ガントリーが顔の前をすれすれにごんごんと回転するのを眺めていると睾丸のあたりの毛がふわりと逆立ち、「きゃーっ!」って叫びそうになるのをこらえるのは閉所恐怖症のわしというか俺というか私というか僕。しかしたかが数秒とはいえNOVALISの3DCRT4門放射の威力は流石で放射2週間目あたりから頻尿の症状が加速した。元々小線源が埋め込まれた後、排尿回数が1.5倍程度にアップし頻尿ともいえない頻尿予備軍だったのに、今回の外部放射から一気に一軍いりを果たすもやはり嬉しくないぞ正規頻尿。どなたのブログにも書いてある頻尿、排尿痛、残尿感(残尿痛)更に追ってやってくる頻便、排便痛、残便感(残便痛)に困惑しつつも現在に至っているが、頻尿というか突然やってくる逼迫した尿意には参った。おしっこしたいなあ、、って思っても通常は少々の距離や時間の猶予があったのに、今のそれには余裕が無い。おしっこしたいな?と思ったらもう出はじめているというかもろにその寸前なのだ。思いついたら10秒以内にトイレに向かわなければ大変なことになる、そんな急な尿意なのだ。治療初日から1週間はそこまでの症状もなく旅行気分で土日の温泉やビールを満喫していたのだが、2週目を過ぎたあたりから行動にきっちりとトイレ位置を組み込まなければならなくなってきた。外出時にはまず帝産バスに乗る前のトイレ、瀬田駅に着いたらトイレ、JRで移動したら移動先の駅でトイレ、兎に角トイレがある都度トイレを済ませておく習慣が必須となった。入院先は6C。展望レストランの隣に棟になるのかな見晴しの良い病棟で入院時には4人部屋が空いてないという理由で一番でかい個室で自由を満喫。ネットもPCも使い放題ということで仕事も出来てHULUやAMAZONの映画やドラマで退屈はしなかった。部屋は地理的にも奥まった騒音の無い静かな位置にあり、騒音や夜通し鳴り響くナースコールや深夜の雄たけび「た~す~け~て~!」等とは無縁の世界、シャワーもトイレも部屋にあり、シャワー好きの私にとって最高の宿となったがやがて2週目で副作用の出始めたころ、婦長さんの案内で4人部屋に落ち着き、婦長さんに叱られてはPCをこっそり使っていたがやがての週末、いつものように外出して温泉三昧の挙句ビールを少し頂いてベッドに戻ったあくる日の朝、久しぶりに快眠し「ああ、いい天気」なんて背伸びしていると何やら同室の男衆がざわめいていて様子が変。よくよく聞いてみれば私が夜中に酷い鼾をかいて同室の3名が朝まで眠れなかったとかなんとか、なんとかしろとナースセンターにかけこんだとかなんとか、、うむむ、これはどうしようもなく速攻自宅の最高司令官に指示を仰ぎ婦長さんに個室に移る旨申し出たことは言うまでもなく、婦長さんも差額ベッド代金の追加に加え、苦言の対応にこまっていたところへ速攻引っ越しの申し出とくればにっこりOKは当然のことか。ほいさほいさを機嫌よくベッドとテーブルを運んでもらい2度目の引っ越しをすれば窓には琵琶湖。PCもLANも使い放題、シャワーは無いが頻尿頻便に個室のトイレは有難く、夜も更ければ部屋の明かりをすべて消し、琵琶湖の夜景、比叡山や武奈ヶ岳の明かりを眺めてつつベッドを倒し、目が覚めればうっすら明るくなってゆく琵琶湖と比叡山に武奈ヶ岳の3点セットを眺めるという贅沢だった。小線源の治療は岡本先生と河野先生により毎週3名が火曜日に執り行われるのだが、私の治療日の同期生についても幾度か通ううちに段々と顔が分かってきて、合えば挨拶を交わす程度から、お互いの状況について情報交換するまでになり、色々と楽しかった。一人は近江八幡在住のTさんで漫才師大助花子の宮川大助さんにちょっと似ている大先輩はトリモダリティで外部放射線に通ってこられ、幾度も待合で会っては情報交換をするうちに同行の奥さんに差し入れを頂いたりで感謝しかない。もう一人は横浜から来られていた先輩Nさん。私と同じ小線源+外部放射線で外部放射線については地元の横浜で受けるとか、滑舌のよい話し好きの不動産屋さん。この方とは電話で症状について何かと情報交換させていただいているのだが、瀬田駅前で呑みに行くお店が全く同じということで今度前乗りして呑みましょうねなどと約束している。入院中人と話すことがほとんど無く、当然地元ではないので知り合いに会うこともないのでこういった同期生との会話はなんとも有難くてこれもまた感謝しかない。是非とも岡本先生にお願いして診察日を3人合わせて頂くことにしよう。とかなんとか岡本先生と病院の問題は片付くことなく病院側の強硬なだんまりとWEBでの反論で先が見えないが、入院時にも入院前にもデモやスタンディングには胸を張って参加させて頂いた。今後も通院時にそういった活動があれば参加したいと思うが、この問題は難しい。なんとかお互いが怪我をしないええところ妥協策に落着いて頂いて是非とも講座閉講の延期=待機患者の命をまず救ってほしいと訴えるものである。また、今後も岡本先生と河野先生セットでのフォローも希望するというか10年先の完治をお二人の口で宣言してもらいたいと切に願う。

https://siga-kanjakai.syousengen.net/%E4%BB%8A%E3%80%81%E6%BB%8B%E8%B3%80%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%AE%E5%BF%83%E3%81%AF%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E6%8F%BA%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99/

 

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