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今年の春の前立腺癌さわぎ(その4)

I医療センターからのお返事を持ち新幹線で2時間、京都駅で乗り換えた琵琶湖線の車両は軽めの冷房に反し京都独特の絡みつくよう蒸し暑さに参りながらつり革を握りなおしていると「米原―京都間でお客様と車両が接触する事故云々・・」放送に耳を傾けているとどうやら人身事故で琵琶湖方面への足止めを食らったと知る。すかさずJR職員にバスや私鉄等、他の移動手段について問い合わせるも病院最寄り駅「瀬田」までの手段は無いという。再開予定が40分先ということでこれは焦っても仕方ない飯でも食おうと職員に切符を見せて改札を出るや否や煮干うどんの看板が目に入り、冷え冷えのつべたい(冷たい)うろん(うどん)で脳内が満たされふらふらと券売機に向かえば「天ざる」ちゅうか「鶏天ざる」が目に入りすかさず注文。券を店員さんに手渡し「よおし!ここでゆっくり涼んで・・」とばかりに客席を目指せばなんと立ち食い店舗と判明。良く観れば奥に椅子席もあるが当然のように満席。とほほほとばかりに出てきた鶏天ざるは50点。麺はまあまあ、5個もある鶏天ははっきり言えば揚げ直した鶏のから揚げそのもの。適当に残しおよそ120秒の休憩を兼ねたお食事はショルダーバグを置くことも無く、ジャケットを左手に持ったままあたふたと終えたのでありました。待ち時間の残り38分間座れる場所を見つけ、時折駅員に詰め寄りながら待つこと40分、予定時刻に発射する車両は特別快速と判明。特別快速は病院最寄の瀬田駅には止まらないため、1.京都駅でもう一本電車を待つ、2.瀬田駅の手前の石山駅で降りてもう一本電車を待つ、3.石山駅で降りて瀬田駅まで行く、4.石山駅で降りてタクシーで病院まで行ってしまう、以上の4択となり、たちまち石山駅まで行って選択肢を検討するという方針に決定でそのまま特別快速でうだりながらつり革を128回持ち直した頃、数分遅れながら無事発車。しかし1つ目の山科駅でまさかの待ち。うだりながら戦意喪失しているうちにやがて発車、そんなこんな石山駅に到着し駆け足でタクシー乗り場に向かえば待機タクシー3台に対して乗り場に立っているのはサラリーマン風情の男性3名、よしよしと向かえばその3人、全く相互関係のない3名らしく11台に乗り込んで残りタクシーは0台。汗だくのままぼんやりと待てど暮らせど来ぬタクシー、通り過ぎるタクシー、病院の予約時間まであと20分、もう間に合わんと思い始めたところに結構なマスターグレードのタクシー登場。冷房も嬉しいまま運転手さんと琵琶湖線の事故について歓談しつつ気がつけば結構な渋滞で全く進まない。大津市の交通状況について質問というかはっきり苦情に近い質問をするうちに運転手さん私の急ぎ具合を察してか病院の予約時間を聞いて来たので「1330分です」と答えた現在時刻は1325分、しかし運転手さんのリアクション無し。アクセルはぼんやりとひらかれ、ブレーキはやんわりと絞めこまれ、信号にはあああ?うんんんと反応し、滋賀医科大学に入りそうになりながらも思いとどまって滋賀医科大学付属病院に無事到着。受付を済ませ無事1335分というまさかの5分遅れで放射線科にたどり着いたのでありました。採血、血液凝固検査、心電図を済ませ「前立腺小線源外来」でぼんやり過ごせばやがてのコール、O先生のお話は今回「患者会」の話から、一応ニュースは読んでいたので話かみ合わないこともないままジャブもフックもカウンターパンチも無いまま無事のスタート。I医療センターよりの大腸癌に対する所見について良好である旨のお返事と、滋賀医科大学による前立腺癌の悪性度を評価するグリソンスコアの再評価結果、悪性度が初回評価の8⇒今回評価の9と悪性度が高くなったことにより私の治療方針が言い渡される。「小線源単独ではなく、小線源による内部照射+外部照射」内部からしっかり放射線を当てた結果により、外部照射する範囲や回数を決めましょうと言われ了解する。「貴方の場合、高リスクとは言っても重度ではないから私の治療で100%完治しますよ」「大丈夫」と言い切る医師は日本中探してもここにしか居ないかも?。治りますと言ってもらえた安堵感は春に発覚し告知された時点での絶望との両極面にあるが、この安堵感は全ての癌患者が皆手に入れることは出来ない。胃や腸の癌は初期に見つけて切れば治るが、前立腺の場合には選択肢が多く、選択するのは癌患者自身になる。癌患者が正しい知識を身につけていない状況で医師の言うままに従えばきっと高額なダヴィンチ等の減価償却に付き合わされるだろう。ダヴィンチでも人手による開腹術での摘出でも、確かに浸潤や転移が無ければ癌の再発は無い。しかし目に見えない癌細胞が何処かに潜伏していたせいで再発したという例はごく普通に当たり前のように存在するのも事実。くれぐれも治療(医師)を選んで決めるのは癌患者なのだ。決めるのは医師ではない。前立腺癌を告知されたら、書籍やネットでの前立腺癌と戦った諸先輩がたの闘病記録やヒットしたレポートを片っ端から読み、希望する治療方法を得手とする施設、熟練度の高い医師を探し出し、たちまち近いだけの理由で受診していた泌尿器科にセカンドオピニオンをお願いし、以下の資料を用意してもらい行動に移るべきだ。

 

1.紹介状

 

2.PSAの値の推移

 

3.CT,MRI,骨シンチの画像(CD

 

4.生検のプレパラート(生検標本の乗ったガラス板)

 

5.生検の報告書

 

6.10本の生検が前立腺のどこから採取されたかがわかる図面

 

そんなこんな滋賀医科大学付属病院での小線源治療の入院日程も決まり、O先生とのお話も終わり会計を済ませたのは夕刻。瀬田駅行きのバスに乗ればこれまた超弱冷房車両、瀬田駅のホームに汗だくで出てみればなんとか駅で駅員を揃えているから電車が止まっているとかどうとかこうとかもにょもにょ。息の乱れとうだる頭の重くなったこの感じは熱中症手前?すかさずトイレを済ませ、アクエリアス500CCを一気、リポビタンデーを追加しているうちによちよちと電車到着う~。つり革にぶらさがったまま京都に着けば実は不味い「東海道肉づくし」弁当(焼き鳥・味噌カツ・すき焼き)を手に無事全席禁煙車両に乗り込み本日のミッションコンプリートなのでありました。滋賀医科大学付属病院の職員さんをはじめ検査してくださった先生や看護師さんありがとうございました。また入院時に宜しくお願いします。ここの職員の皆さん優しく「ありがとうございますう~」の連発、はんなりした京都弁でもないやかましい大坂弁でもない、ひたすら優しいイントネーションで患者の不安や絶望を和らげてくれる神対応、どなたかのブログにも職員の対応の良さを褒めて書いておられたが、ほんまそのとおりや思うとともになしてか反省するわし。

 

 

 

Davinchi

 

 

 

 

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