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2016年7月

ほた るの鼻

Kusunoki 小さいころ、、、小さいサイコロではなく私が小さい頃、小学1年生くらいの頃のお話。田舎町に流れる清流が2つに分けて大きな米軍基地を抱える小さな三角州のなか14回も引っ越ししていた11回目の借家から徒歩で5分ほどの川辺でよく遊んだものだ。幼い私に川を渡る橋は国境のようであり、川を渡ると隣町ということで悪いやつらからなんらかの制裁を受けるという噂もあり、更に補導に捕まるとか犬が放し飼いにしてあるとか朝鮮人学校の生徒に襲われると、それらの半分事実でありその後成長し経験する数々の事件はもっと後のことだが半分面白おかしく伝え聞いた噂には正直びびっていた。なので夏休み映画を見るとか、ランドセルを買いに行くとか、大きなプラモデルを買いに行くとか基本余程のことなければ橋を渡ることなく川に囲まれた三角州で、お気楽に釣りをしたり水遊びをしたり遊んでいた。そんなある夏休みの日、滅多に遊んではくれない父が泳ぎに連れてゆくというので付いて行ったがあれは子供会の行事だったかもしれない。記憶には父と二人っきりではなかったから多分近所の父兄も居たのだろうと思う。到着地は三角州のてっぺん、川が二つに分かれるところ。大きな楠は沢山雲を貫くほどの迫力で生えている通称くすのき。そのてっぺんの井関の上下でばしゃばしゃと浅瀬で遊んでいると突然父が私を抱き上げるとそのまま深いほうへ放り投げた。まあよくある話だがまだ足を放り投げて泳ぐ事が出来なかった私はぐるぐる回る水中でぶくぶくと息を吐き、がぶがぶと水を飲み、鼻の奥まで水を吸い込んだ。すぐさま引き上げられたのだろうが、暴力的で自分勝手な父はその頃はとてつもなく怖い存在であるため幼い怒りは悲しみと同様涙と鼻水になって川に流れるのを見ながら私は益々父のことが嫌いになった。わはははという笑い声がぶくぶく水中でも聞こえ、私は殺されると思いながら溺れていたのだが、その夏休みのうちに幾度か水中メガネをかけてゴリを追っかけているうちに何かの拍子に足がすべり、その足が普通にバタ足になり、急遽その夏休みで泳げるようになってしまっていた。ある日、電車と船とバスを乗り継いで3時間もかかる瀬戸内海のとある島に何日か泊まりに行って帰った時のことだった。自宅に帰るにつれ、というか川が近づいてくるに従って鼻の奥がつーんとしていたたまれなくなった。その感覚は父に放り投げられた時の鼻の奥まで水を吸い込んだときに感じた感覚で、私はそれが不愉快でたまらなかった。その後も学校帰り、蝉取りに、バッタ捕獲等々、土手に近づくと鼻の奥がつーんと痛んだ。やだなあと思いながらやり過ごしていたがその後色んな知らない土地で今いる場所からどっちに歩いたら川があるかというのが自然に解るようになっていることを普通に思っていた。道に迷っても川の方向が解るから土手まで出れば大概の田舎道は分かるように出来ている。みんなもそうだと思ってやまない小学生はいつか蛍を取りに行った際に同級生は水の匂いというか水か近づくと鼻の奥がつーんとしないことに驚くもさほど気にしないままやがて興味は蛍や鮒、ゴリやトンボ、蝉から女の子のスカートの中、そしてパンツの中へとごくごく健康的に育っていった。鮒は取って近所のお寺の池に放ち、ザリガニやキリギリスは夏休みの宿題を兼ねて飼う。しかし蝉は蛍は直ぐに死んでしまうので蝉はぎゃがぎゃがぎゃがぎゃがぎゃがと狭い籠の中で騒いでいるのを家に帰って直ぐさま逃がしていたし、蛍もその日両親に見せて満足するまま逃がしていた。2階の借家から籠を放つと、蛍はぶいんと舞い上がり小川のある方向へと一目散に飛んでゆくのを確認、蛍もきっと僕のように川が近づくと鼻の奥がつーんとするのだろうと思っていたが両親には黙っていた。

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