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ことしのはるのがんさわぎのまとめ

1.序章

2014年末より空咳が出て呼吸器科や耳鼻咽喉科を訪ねるも異常はなく、2015年春先にどうにもこんこんこんこんこんこんこんこん空咳長いのが気になるまま再度耳鼻咽喉科及び呼吸器科を受診するも異常はない。そんなある日鼻をかんで血液が認められたのでもしや?と再び耳鼻科に行けば話をふんふん聞きながら女医さんするすると鼻の穴に内視鏡を通しおえおえおえええええ、そして食道との分かれ目に微かな血痕を確認、耳鼻科の守備範囲に異常は認められないとのことで、食道から胃を診てもらうように言われ、後日循環器科で胃の内視鏡を麻酔下で実施、起き上がれば早口で調子のよい藪医師曰く「異常ありませんねえええ僕なんかビールは一年通して飲まないから云々・・・」長い話を聞き流し再び耳鼻科へ舞い戻ればやはりふんふんと鼻歌交じりに女医が再度鼻の穴から内視鏡が入れるも今回は血痕も無し、肺を診てもらうよう追い払われ、後日再の再度呼吸器科を訪ねればレントトゲンにうっすらと線状の影、CTにかかると腫瘍と思われるピンポン玉のような影が左肺の下部にぽこんと確認出来て愕然、総合診療センターへの紹介状を書きながら「まさに青天の霹靂」「平面透視ではわからないものだ」「でも僕はいけると思います」他人事のように他人事を扱いながらの老医師に腹が立つ。「隣県に肺癌の名医が居るから」という周りの反対を人情優先で押し切り、ふと紹介状を見れば名前は皆が勧める隣県の名医と同姓同名?そしてGOOGLEで同一人物と判明、最近隣県の市民病院から総合診療センターへ移籍してきているらしいその名医を訪ねれば造影剤を使用したCT等の検査で同様の所見、更に隣県のクリニックで高額のPET検査、総合診療センターで脳のMRIを受診、内臓、リンパともに問題なし、左肺下部に30mm程度の腫瘍確認、左肺下半分及びリンパ腫の摘出手術(胸腔鏡手術)を実施と方針決定。早速4/5()の入院4/6()の手術、以降1週間入院及び2週間の自宅療養と相成る。

2.肺癌摘出

左下部の肺摘出及びリンパ節摘出手術は無事成功、綺麗に取れたとのことを後で知るが術後のICUは地獄。モルヒネでラリった状況下においてもピコピコ音と胸部の鈍い痛みで全く眠れず精神がやられるのをドレン管が内臓に触れるたびの激痛が呼び戻す。病室へ移されるもアルバイト生のような看護師か医師か知らない若い男が私を運ぶ際にドレン管部を持って持ち上げようとしたものだからひと時の絶叫。ほんま腹が立つが日を追って回復した後もドレン管の激痛は継続した。更に手術の間5時間強左腕が上に固定されていたためか左肩が常時痛い程の肩こりで、その肩こりはICUを出ても継続し現在でも整体のお世話になっているがその話は後日。病室は三方がカーテンで囲まれ白く同じ景色にモルヒネ効果かしらん幻覚が常時現れる。そんなベッドで沢山の管に繋がれベッドに縛り付けられた状況に気が狂いそうだと思った瞬間全身に異変が起き震えた。身体じゅうが苛々して駆け出したくなり、動かせる腕や首を動かし、更にもぞもぞと足先を動かしていると身動き出来ない逃げ出せない拘束の恐怖がじわじわと襲ってきて今にも全部の管を引きちぎって走り出す形相になる。落ち着け。立ち上がろう。歩こう。足を締め付けていた靴下を脱ぎ、大声をあげて暴れそうになるのをなんとかこらえ、点滴もろもろを引き連れてのトイレまでの自立歩行をしようと決心。自力で行くことが出来れば尿道の管が取れ、点滴ご一行を引き連れてさえいれば何処にも歩き出せる自由が手に入る。なんとしてもの歩きたい一心で立ち上がるもドレン管が揺れ激痛が走る。5か所の刀傷が悲鳴をあげる。看護師の差し出す車椅子は断り、歯を食いしばり絶叫のままトイレまでの10mの遠いこと、感じの悪い看護師に尿道の管について抜き方を聞けば「ひっぱったら抜ける」とのことで鵜呑みのまま便器にたどり着いて格闘、汗だくで引っ張っても全く抜けない。ええい!とばかし強引に引っ張ると狭い尿道からめりめりと音を立てて30mmもある抜け止めのゴム風船が出てきて目がひっくり返る。尿道から激痛と血の涙、可愛そうなわしのチンポコりん。その後数日は血尿が続き不細工意地悪看護師を恨む。尿は尿意に反してなかなか出ない故トイレと病室を往復すればこれはこれでOKOKほぼ自由の身。幾度もトイレに通いぜいぜいと呼吸を整えていればリハビリ科のラララライ体操のようなお兄ちゃん登場「術後は初日から歩くプログラム・・」と言うが、私「もうトイレに数十回は行った」と追い返す。やがての肺の細胞検査結果が出て極悪非道の無信仰者の祈りは却下、まず癌であることが告げられまず1がっかり、更にこれは肺癌ではなく大腸癌のものとの所見で更に2がっかり。そうとなればもうこれも早めにとっぱらうしかないとばかりに大腸内視鏡の予約をし、毎日歩き回り買い食いをし、決まった時刻に朝シャワーをふんふんと浴び何かと看護師をてこずらせる口の悪い患者となるまでの時期にようやくの退院。ひとときして大腸内視鏡検査外来するも過去に痔ろう手術の痕跡のせいか黄門様お怒りの激痛でカメラを拒絶。それでもめりめりとカメラが痛がるおっさんを犯し進入、更に大腸を膨らませるためのこらえきれない激痛にのた打ち回るなか10mmほどのポリプ2個発見で激痛におののくまま更に3がっかり、1個は浮かせて縛って摘出、しかしもう一個は根を張り形相悪く大腸癌との所見で青ざめ4がっかり。結果、前回摘出した30mmの腫瘍が子供で、この大腸の10mmのポリプが親?「人相も異なるし、親が小さいし違うとは思いますが」と循環器科主治医が言いつつ外科で手術を仮予約。早く切って欲しいと訴えるも肺を切っての直ぐにつき肺機能等の回復が必要ということで、それでも無理を言ってGW明けになんとか予約。後日内側に出来ているポリプは手術するのに外から分からないため大腸に印を付けるということで再度外来。造影剤CT、血液検査、肺機能検査、心電図のあとで大腸内視鏡で腫瘍にマークしたがこれも痛かった。前回の医師ではなく初心者のふてぶてしい女医が投入されベテラン男性医師が後についてはいたがこの女医は今でも腹が立つ。痔の傷跡の痛み、風船のようにふくらませる大腸の激痛で暴れる患者=わたくしのことは一切お構いなくびびってるくせにびびってないという虚勢のまま「ここですかあ~」「あ~そうなんだあ」「りょうかいですう」と世間話でもするがごとくやっていることは乱暴な扱い、テンパっていて「痛い痛い痛い痛いいたたたた!」と叫んでいる患者のことが考えられなかったのだろうが次回もし大腸内視鏡があったらこの女医はきっぱりとお断りするというか多分不細工だったし。

3.大腸癌?摘出

5/6入院、5/7大腸(S字結腸)腫瘍の腹腔鏡下手術による摘出、2週間入院、2週間自宅療養。今回の手術も腹腔鏡下ということではさみやピンセット、カメラ用の穴含めて5か所の刀傷が残る予定ということで肺と大腸で都合10個の刀傷男。手術はほぼ肺の時と同様で違いはICUの過程が無いこととドレン管の痛みが無いこと故、術後の歩行に持ち込むのも楽であり、更に今回の尿菅は意地悪不細工看護師の教えは却下し優しい美人看護師に抜いてもらうことで恥ずかしいことを除けば痛みなく、ペースト状の食事を除けば随分楽だった。窓際のベッドに替えてもらったおかげ様もあって閉所恐怖や動けない苛々もなく回復は早く、入院にも慣れてきているものだから多分たちの悪い患者代表は寝るとき以外殆どベッドに居なかった。自作の行先カードを数枚用意し「2Fコンビニに行って来ます」「うんこちう」「歓談室に居ます」「シャワー中です」「散歩中」をたてておいては外出していたが、いつか喫茶に出かけるときに冗談で「すき屋に行きます」と書いて60分ばかし来客と歓談して廊下をちんたら歩いて帰っていると看護師仁王立ちで出迎えてくれて「何処に行ってたんですか?」その実大変なことになっていたようだ。病院は丘の上にあり、丘から徒歩で20分程降りた場所に確かに「すき屋」があるため本気で捜索していたらしい冗談の通じない病院。というわけでここでもやはり最後には看護師が眉ひそめる患者日本代表に相成る。やがて大腸癌の細胞検査も終わり。まず、癌であることに間違いないと言われ5がっかり、更に肺は大腸からの転移に間違いないということになり心底の6がっかり。転移の無い癌同士だとSTAGE1のまま切れば終わりだったが、この転移のある大腸癌の場合はSTAGE1からSTAGEⅣと一気にあがり化学療法のプログラムを消化することになる。STAGEⅣは摘出出来ない進行癌患者と同等のプログラムとなるいそうだ。

4.再発防止

 

退院し自宅療養を2週間後05/29化学療法を開始。まず点滴(オキサリプラチン)これは3週間に1回を10回、更に点滴から2週間飲む内服薬(ゼローダ)も同じく点滴の都度2週間を10回、内服薬2週間の後には1週間のお薬休養、この3週間を1バッチとして10バッチ12月まで繰り返されることとなる。治療期間は6ヶ月。点滴や内服薬には副作用があり、倦怠感、微熱、食欲不振、指先の痛み、冷たいものが飲めない触れない等々で、繰り返すほどに蓄積してゆくと症状もあるといううっとおしさ。初回全く解らないまま点滴を終えてびりびりする手先でカードを取り出すのに痛くて一苦労、車のキーも尖ってるところに触ると痛く、冷たいものを飲もうと冷蔵庫を開けるも缶に触れない、唇もびりびり、ビールが喉に届けば電気が走るようにびりびり痛く味がしない、アイスクリームは口全体に電気が走り、味のする食物を口の入れた初回の瞬間口がひっぱられるように痛く渋みを感じる。金属類や冷たいもの、水道の蛇口にも触れない。点滴して数日は発熱しだるく眠くてかなわない。そんな現在6バッチ目では流石に副作用にも気を付けているが、更に上乗せで気を付けているの睡眠時間と休肝日、香辛料の多い料理は避けていることだ。特に今回大腸細胞の異常での心当たりはここ数年の香辛料中毒、激辛冷麺、激辛鍋、激辛汁無し担担麺等に嵌り、海外から生青唐辛子、パクチー種、赤唐辛子粉末、激辛ラー油、唐辛子種等々タイや香港、韓国から輸入し週に3日は劇辛料理を食べていたことと思うが激辛カレーも同罪だ。塩辛さには限界があるが辛さには限界が無いことをよいことに馬鹿のように激辛料理を食べてはあくる日に激熱便の排出でのた打ち回っていたこの数年、肛門様であれだけ痛くて熱いのだから、大腸内でもきっと大きな刺激とダメージを与え続けていたに違いないと今更の反省することしきりの極悪非道の凶眼偏狭おっさんの人生は大腸癌STAGEⅣの5年生存率15%という数字におののくまま、残された人生をどう送るか整理しながら今じっくり考えているところである。

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