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今年の春(とはいえもう去年?いや一昨年)の前立腺癌さわぎ(その13)宇治病院で笑う

ちょっとだけ足を伸ばして前立腺癌小線源療法の名医「岡本圭生先生の愚痴を聞きに行くちゅうか逢いに行くちゅうかそんな表現がぴったりの定例の滋賀入り?じゃない今回は京都入り?じゃから滋賀医科大学付属病院じゃあの~て琵琶湖湖畔の京阪電気鉄道石山坂本線「三井寺」駅から徒歩130歩にある小さな病院「くどうクリニック」でもの~て、京都府宇治市にある宇治病院へと早朝6時の新幹線で上京(京都にね)することと相成る。県外移動を控えるようにちゅうお達しが解けるまではそこんとこを理由に通院の延期をするつもりじゃったが、解けたけん仕方ないの~とマスクと除菌スプレー、除菌ティッシュを装備の上新幹線に乗り込むや否や手すりや色んな部署を消毒し、イヤホンとイヤホンケーブルも除菌、JR西日本のWifiにログインし閲覧中の海外の刑事ドラマをhuluで観ていたら「あっ?」ちゅう間に大阪京都間にある山崎の工場が見えてきたけん慌てて降りる支度。京都で降り実家のある馴染みの奈良行き鈍行で7駅目かな?難しい読みの「黄檗(おうばく)」駅より京都方向に戻る形で徒歩5分ほどの距離に宇治病院到着時刻は09:30。ちんなみに京都と奈良を結ぶこの奈良線には有名な伏見稲荷神社のある「稲荷」駅が京都から3つ目ほどじゃし駅は神社の入り口近くにあるけん実に効率的に観光できる故是非どうぞ~今ならアジア系海外の観光客も少のうて快適。さて、宇治病院はなかなかの歴史ある(古い)総合病院で社会福祉法人「あじろぎ会」が運営している一般的な総合病院というよりより老人福祉関係の施設やプログラムが目立つ印象、通路をベッドや車椅子が忙しく往来するなか受付で診察カードをこさえてもらい、この何色の線をたどってあちいって突き当たって右いってという案内を聞きながら歩き始めるももう最初の線の色を忘れて右に曲がり左に曲がりなんとかパウチされた「泌尿器科外来」看板を発見、受付で出来立てほやほやの診察カードを提出すれば暫くしてお呼びがかかる。岡本先生はちょっとふっくらしちゃったのかな?苦悩のおでこも線が消えた印象、まさしくの笑顔で「山口のほうは如何ですか」と謎かけのような質問にコロナのことだと思い当たり田舎ですからねえというような曖昧な返事でやり過ごしていると「〇〇さんは如何ですか仕事は続けてますか」等と聞くので「先生のほうこそ如何ですか」と聞き返せば笑いながら振り返り、この宇治病院は私の治療に大きな理解を示してくれ生検を始めたこと、何れここで小線源治療も行うと言うので一安心、あとは採血とPSAが出次第の診察とのことで待合に戻れば「採血ですね」と言われまたあっち行ってこっち曲がってついでにおしっこも済ませなんとか「採血センター」発見、若干待たされて?無事採血完了なるも今回は痛かった「ちくっとしますね」と言われてそれでなくとも痛くなってるところにぶすりと針が結構痛かったので思わず右足が上がって採血台を蹴飛ばしてしもうたんじゃが看護婦さん眉毛動かしただけ、言われる時間腕抑えながらまたあっち曲がってこっち行って泌尿器科外来で「帰りました」と告げる。それからPSAが出るのが40分後ちゅうことでうつらうつら、「〇〇さん」と呼ばれ涎を拭って再び岡本先生と対面。「PSA1.1順調ですね」あとは自分の施した治療は間違いないので安心して良いというようないつものお話の後「膀胱と前立腺の大きさを測るから」と言われエコーの台で背中というかお尻の1/3までとひっくり返してへその下までパンツをめくっての診察故に勝負パンツの着用がお勧め。診察は終わってここまでで5分、看護婦さんが先生のデスクにある私のカルテから次の患者のカルテに差し替えて次の方どうぞの段階でも岡本先生はS医科大学付属病院の上層部が如何にどうなのかこうなのかの熱弁を始められて「〇〇さんも一緒に戦ってくださいね」「許せないですよね」看護婦さんのため息が聞こえる頃にようやくの開放。次回は10月末にと言われてふんふんと会計を済ませて帰路に着いたがあれれ?前回の通院は2月上旬、それから今日7月上旬なので5か月の周期、なのに次回は10月下旬なので3.5か月の周期と短くなってる?帰って小線源治療同期生のお二方に情報を流せば面白い返信。まず横浜在住の不動産業の先輩はコロナの関係で移動はまだ控えたい?もう一人の近江八幡在住の先輩も同じくで行こうかどうか迷ってるとのことじゃが高齢の患者さんは余程の用事が無いかぎり病人の集まる病院に足は向かないだろう。あああ~皆で集まって瀬田駅前のおばんざいの店でオフ会やりましょうなんて語っていた頃が懐かしい。そうなのだ!「どん(机叩く)」コロナのせいで遠のいた友情愛情にそもそもの人間関係自体がコロナのせいで希薄になっている気がしてならない。目をしっかり見て手に触れ話せば100%気持ちは伝わるが顔の見えない電話で50%、声のトーンも分からないメールだと30%くらいか?冗談が通らない事故も多い、更にどうしても少し構えてしまうリモートだと気持ちはどのくらい伝わるんだろうか?ほんま厄介な時代になったことが悔しいしTVで見かける何処の能天気はお国の阿呆面大統領が意地になってマスクを着用しない映像は心底胸糞悪い、是非ご家族皆で感染し反省してほしい。これから数十年か経ってコロナ対策は日常になり世代が変わり「わし達の時代はマスクをしなくても外が歩けたし運動も出来たんだよ」「甲子園球場なんか両隣の人とべったりくっついて観戦してたものだよわはは」などど孫に話して聞かせ「ふがふが?」(99.9%ウイルス対応マスクせいで何言ってるか分からない)などど皆を驚かせているかもしれない。宇治病院で自分の場所を確保された岡本先生が神経質なためマスクをつけたり顎まで外したりしていつもの熱弁を振るうのを眺めながら癖の強い先生ではあるけれどやっぱりなんだかんだ言っても私はこの先生に命を救ってもらい、治療後のPSAがあがろうが下がろうがどうなろうが私は実に完全に安心しきって生活を送っており、癌患者だったことは忘れているというこのことはまじ事実であり感謝の念がある限り定期的に5分ほどの受診と10分ほどの熱弁を聞くために仏様と岡本先生に頂いた時間を使うのも悪くないと今こうやって書きながら思い直しているところである。

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炎天下のヘルメットとマスク着用消防訓練でまじ倒れるかと思った

前日の天気予報を裏切り久々の消防自主訓練はなんと炎天下での苦行となった。消防団員は市町村の非常勤特別職地方公務員に該当し、地域における消防防災のリーダーとして、消防署と共に火災や災害への対応、予防啓発活動等を行う消防組織に所属、平常時、非常時を問わずその地域に密着し、愛宕地域住民の生命と財産「安心と安全」を守るという重要な役割を担うちょるんじゃがわしもそんなこんな団員十数名を預かることになったんはええがなんせこの2年は前立腺のばたばたで消防団に足が向かんかったり(その割に沖縄旅行ではじけちょったらしいが)知らん間に消防車が更新されたりと勉強せんといけんの~ちゅうて言いよったところに新型コロナヴァイルス(米式に言ってみる)対策ちゅうことで「集まんなよ」「ほいじゃが火事んときは集まれ」に従い集まって訓練もすることなく宴会もすることなく整理整頓清潔化とマニュアル類の整備をしよったんじゃがやっぱり火事の時の対応に不安があるちゅうことで消防署にお願いしポンプ車と消火栓水利での訓練、及び山火事で活躍する小型可搬ポンプと自然水利を想定した防火水槽による訓練を執り行った。当方参加団員は6割強の出席ちゅうことで問題意識の共有を実感。雨上がりのカンカン照りで不快指数100での訓練はヘルメットに上下厚手の消防服にマスクということでひたすら暑く呼吸苦しく熱中症対策を考慮して30分毎に15分の休憩、きんきんに冷えたアクエリアス配る笑顔が赤い。グループ分け役割分けにより実践想定訓練は消防署員7名のご指導のおかげ様で無事2時間汗だくの真っ赤な顔でも誰一人倒れることなく訓練を終え感謝。コロナを知らないいつもならその後オードブルを買い出しし、ちんちんのちべたいビールで打ち上げを行うところじゃが有事や点検訓練以外の目的で「集まるな」ちゅうことなんで全員お土産の飲み物を手に手に解散したのがやはり寂しくもある。団員の真意を含む声は厳しい訓練を経たその直後の宴会で飛び交うものだ。褒めるにしても注意するにしても訓練直後のお疲れ様の乾杯のあと、多少アルコールでガードが解けたほうが良い。そんなこんな梅雨明けぬ今朝方球磨川氾濫のニュースで数年前の我町での河川氾濫を思い出したが、基本的にボランティア精神で活動する消防団は火事だけでなく水害でも大変だ。球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」での14人心肺停止事故で消防団の若者がマスコミの誘導により語らされていたのを悔しく観ていた。徐々に水位の上昇する冷たい濁流に包まれて亡くなっっていった方々も辛かっただろう。消防団の若者は車椅子をテーブルの上にあげても水位があがって来て浮き上がったため手分けして自分はお二人の身体を抱きかかえ頑張ったが更に水位上昇し腕の感覚はなくなり抱きかかえること以外どうしようも無かったというようなことを話しておられたが精いっぱい頑張って助けられなかったことは本当に辛い。災害は見境なく皆さんの生命と財産を奪ってゆく。水害の手立ては避難しかない。自衛隊、消防署、消防団が幾ら頑張っても防ぐことは難しい。学者さんが幾ら理屈をこねても事後では意味がない。100%自然にたちうちできることは出来ない。故人のご冥福をお祈りするとともに、感覚の亡くなった腕で最後まで頑張った消防団員を称えたい。

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美人検視官よりその主人公が颯爽と乗るビンテージのディフェンダーに目が釘付けの日々~岡本先生からの便りは無し~でどうしよっかな~の巻

TVショーがつまらんけんTVは基本観ん!怒~とはいえいまはおどろおどろなコロナ情報から目が離せんちゅうかポンニチの対応の悪さ加減を確認しては苛々するためにつけとるかもしれんTV?そんなかでもジャニーズが苦手じゃねきっぱり!ジャニーズが出てない番組を探すのが一苦労ちゅうかアイドル括りで制限したらもうTVは観るちゃんねる無いか~ほんまみなどーでもええねってまあわしみたいなぽんこつ爺が言うことじゃ~ないけん謝りますがええ?もろちん嘘ですがまあね~中居の会見?興味ないちゅうんよねえもう~ほんで女性アイドルも昔と変わらん唄うまい子はええが歌下手な子はふともも出しときゃ商売なるんよね~ふともも商売は永遠に不滅なのね~ちゅうか居らんなったけんまあどーでもええけんど威張り腐るウソ泣きの島田紳助も嫌いやったなあちゅうか宮迫も嫌いクリームシチュー上田もそんなに偉くないじゃろ~って思うんはわしだけんなん?どいつもこいつも好かんな~って言うところで明石家さんまもなんじゃが彼が苦手なんはなんか痛々しけえなんよ~所さんタケシさんは年齢重ねて枯れてきてレイドバックしちょるじゃろ?わしもそうなりたいけどまあそんなこんなあれ嫌いこれ嫌いちゅうて炬燵で丸うなって文句いいよるとリモコン投げつけられるけん要注意~ちゅうか一人んときはもっぱらAmazonプライムがHULUで海外ドラマ見るんじゃが老爺の休日で今みよるんが英BBCの「美人検視官ジェーン」まあ美人ちゅうても英国じゃけえまあ知れとる~癖のある堀の深さの美人検視官は元カレと事件を解決してゆくっちゅう話なんじゃがその主人公の英別嬪さんがのっちょる車がビンテージのディフェンダーのショートの幌車でねこれがめっぽうかっちょええんよね~その昔1980年のこの車にしようかぶち古いAUDIのワゴンにしようかぶち迷うたことがあってネットで探しまくったことがあったもんでドラマの粗筋よりその車が出てくるたびにため息なんよね~ちゅうところでさて?そんなこんな前立腺癌の経過観察じゃが4月以降「くどうクリニック」に予約されている患者さんは「①名前②くどうクリニックの診察予約日③住所④電話番号」を記入の上で岡本先生に予約メールを送るようにとあるとおり送ったんじゃがも~4月じゃけねどうしようか迷いよったら親切な患者会のサーファーする会員さんから「宇治病院からの封書が届くはずなので届かない場合は電話したほうが良い」と暖かいアドバイスがあり感謝~じゃがコロナ騒ぎもあるけんね~新幹線にも飛行機にも乗りとうないままうーんうーんと炬燵の中でDefender見てはうなってばかりなのであるのよね~。

 

写真は問題のLAND ROVER Defender(多分1980年くらい)

かっちょええ~
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今年の春(とはいえもう去年?いや一昨年)の前立腺癌さわぎ(その13)岡本圭生先生より「くどうクリニックにて4月以降外来の予約をされている患者の皆様へ」っちゅう伝言じゃあ

岡本先生は三井寺「くどうクリニック」で前立腺癌の小線源療法経過観察外来を行っておったんじゃが、2020年4月より「宇治病院」に替わるちゅうことで急遽の連絡がありました。当然、経過観察中の患者さんには個別で連絡が行くと思うけんど、基本岡本先生にメールして宇治病院の予約を取らんといけんらしいんよね。ついては、添付の岡本先生からの手紙の内容とは若干異なっとるが、4月以降診察を予定しとった皆さんは、基本各自で岡本先生のメアド keiseiok814@gmail.com に①名前、②くどうクリニックの診察予約日、③住所、④電話番号を記入の上で予約メールを送ることよね。一方でご新規さん、岡本先生の診察を受けたい方、治療を受けたい方(未だ治療が出来る病院は確定しちょらんが)はいままで通りに連絡したらええと思う。https://syousengen.net/brachytherapy-okamoto/

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今年の春(とはいえもう去年?いや一昨年)の前立腺癌さわぎ(その12)

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 岡本先生にちょっと逢いに行くという表現がぴったりの定例の滋賀入り、とはいえ行先は滋賀医科大学付属病院じゃあの~て琵琶湖湖畔の京阪電気鉄道石山坂本線「三井寺」駅から徒歩130歩(前回30歩と書いたが余りにも適当なので正確に測定)にある小さな「くどうクリニック」、そこで経過報告と排尿関係のお薬の処方とPSA測定のための血液検査、そして雑談のため?朝早くから新幹線駅まで車で移動、新幹線を乗り継ぎ、JRから京阪のちんちん電車に乗り替えてやっとこさの到着。街の美容室のような待合には地元や沖縄から来られている岡本先生の患者さん達でいっぱいなんじゃが前立腺癌という病気が病気故、高齢の患者さんらあは皆厚着。故にその厚着を脱ぐもんじゃけえ待合室の空き椅子は上着で一杯じゃ。そんなこんなわしも上着を脱いで抱きかかえ、患者さん同士の情報交換でもない雑談でもないを聞きつつうつらうつらしよったらやがてお呼びがかかり笑顔でご挨拶。岡本先生はいつものようにわしが乗り越えた大病(STAGEⅣの大腸癌)の経過について触れ、いつものように「遠隔転移のあった大腸癌で生きてること自体珍しい」というようなことを必ず言い、何時ものように病院のごたごたについてしばし演説、ここ最近私のところに岡本先生を紹介して欲しいという問い合わせがあると報告すればさっとビラを手渡し「直にメールしてもらってください」といつもオープンな岡本先生は、関東方面で治療が出来る病院を探しよるいうことじゃけえまあ安心、「次回は6月に来るように」と言われクリニックを後にしたんじゃしかし考えてみれば半年に1回、往復2万数千円、年間約5万円。時々京都に奈良、大阪に泊まって足を延ばして遊んだりもするもんじゃけえ年間10万円か?そんな移動時間に反して診察時間というか雑談時間は10分ほどかの?、、、ううむPSAの計測と排尿関係のお薬の処方だけであったら地元の泌尿器科に転院してもええんじゃないかの~ちゅうて考えつつ、じゃが言い出しにくいんじゃろうなあとかそんなこんなやがて春が来てGWが過ぎて6月になったらやっぱり10分のお喋りのために岡本先生に逢いに行くんじゃろ~のと思うちょる。因みに前回のPSA1.3じゃったか?よ~知らん「今回のPSAは気になればメールで知らせる」とおっしゃってくれちょったが「あ?あまり気にしてないので」と言うと岡本先生は笑っておられたが、リバウンドとか上昇傾向だとか気にしないというか気にならんのよ。心配するひとも多いんじゃろうけど岡本先生に治療してもらうたんじゃけえそれ以上の治療は無いんじゃけえちゅうて言い聞かせることもなの~て全く心配することもの~て大腸癌も前立腺癌含めて癌患者じゃったちゅうこと自体も忘れて生きちょるけえ幸せもんよ。岡本先生の教えは「私が治療をして残りの寿命を授かったのだからこれからは人のために生きなさい」人のために時間を使わんといけんなったわし。岡本先生の診察室での開口一発「変わりありませんか?」の後には決まって「遠隔転移のあった大腸癌で生きてること自体珍しい」ちゅう話なんじゃが今回は私が会社を辞めたことを伝えると「わたしと同じですわ」「わたしも生まれて初めてハローワーク行きました」と笑い飛ばすけえわしもつられて大笑いしたんよね。繰り返すけんど、高リスク前立腺癌の人は勿論のこと、中リスク以下の人も超高額な医療機器の減価償却に誘導されることなく正しい治療を選択せんといけんと思う。岡本先生はメールアドレスも公開しちょるんじゃけえ、セカンドオピニオンと思って相談されることをお勧めするよう。

https://syousengen.net/brachytherapy-okamoto/

前立腺癌は完治に向けて順調ななか突然の退職にたまげる関係者とひたすら笑うわし

A27b51bab3474d67964c0d59a67bf575昨年末とあるきかっけと持ち前の短気のおかげ様で40年以上務めた会社を一気に辞めることになったんじゃがというか一方的に辞めたっちゅうかわしゃもー辞めた辞めたと叫びつつ気に入らん奴らの頭を金属バットで片っ端からべこべこにやりあげたそのいきさつについては後日うふん(うそ)ちゅうかまあまじで一方的に会社辞めたことになったんじゃがじゃがわしの仕事や退職に関係された皆さんにはほんまにご迷惑をおかけしましたなんてこころの底から思うちょるわけないけどちょいマジほんますまん!しかしあれですね~はい〜そうでんな!話は変わるけどって変わってないけど会社辞めるっちゅうんはなかなか大変なイベントなんですね~なんて全てのプロトコルを無視して飛び出したまま帰ってこんというわしが言うことじゃないけどそれでも面倒くさい手続きもありの辞めることのストレスで金属バット買い直して臨んだが(うそ)最後には和菓子ばらまいて煙に巻いたことになったんかしら。そんなこんな退職までのごたごた中は結構なストレス過多で不眠にもなったが車で4時間かけて高知から太平洋眺め、飛んで帰って更に飛行機に乗り換えて沖縄から東シナ海眺めてすっきり?そんなこんな会社辞めて気づいたことがいくつかある、、まず1つ目は当然のことストレスが無くなったこと?。朝起きてから夜眠っておる間まで常時気になっておる案件が数十件はあり、そろそろ問題提起せんといけん!とか面倒じゃけ自分で直そうか?とか考えてないようで常に考えておる課題、24時間あたまの片隅に居座っとる気になってしゃーない出来物みたいなんがあったんじゃね。それが「ああそうか会社辞めたからあとはどうなってもええんか~?」「あとは知ったこっちゃないんかー!」とどたま切り替えた途端にかかえちょった案件自体が意味を成さんなったどころか紙の短冊にとって代わって流し雛のように今津川に溶けて流れて四国沖で消えてしもうたけえ笑うた。うふふ。あれもなし、これもなし?残った人間には申し訳ないと数ミクロンほどは感じたもんじゃが一旦切り替わったらあとはまじ知らん。そんなお気楽ごんたくん状態、なんと気楽な人生に切り替わったことっちゅうたらないけえうははははははははははははははは!ぜいぜい(ああしんど)まあとはいえなんぼお気楽とはいえ24時間TVの前でFULUやAmazonvideo'sばかりみよるわけにもいかんちゅうか無職ちゅうんは性に合わんけん仕事は古い友人に頼んでIT関係の営業職でお世話になっちょるんじゃが、まあおまけじゃけど好きなように仕事さしてもらいよる幸せ者じゃ。変わった2つ目は何をおいても糞に頭下げる必要が無くなったことかの。違うと思いつつも「そうですねえ」とか糞に挨拶とか基本イエスマンのリーマンには細かいくそルールが阿呆みたいにあってがんじがらめ?もともとやくざもんにわしに向いとるはずがなかったんよね。入社時から占い師やら呑み屋のママやら偉い社長さんやらあちこちであんたには向いてないと指導され続けた経験があるんじゃけどそれでもごにょごにょと誤魔化し誤魔化し生きてきたがもう誤魔化す必要はないけえ糞には糞と言い、気に食わん奴はたちまち殴るるという基本方針を貫こうと思うのよ。うはははは。そして3つ目はなんちゅうても自由になったちゅうことかいのお。定年退職したらしたいと思うちょった煙草を銀の煙管で復活、白髪交じりをブリーチしてでかい耳ピアスはクロムハーツ製、眉毛も落として全身に曼荼羅入れる予定じゃったが引き続き務める先がIT関係の営業職ちゅうことじゃけえその予定は先送りかの。そんなこんな年末には12年ぶりのバンドが復活したり、復活祭ライブをやって弾けたり飲んで騒いでとばたばた年末が過ぎてゆき、お正月休みが明けるころ昔なら「また会社か」と気持ちが暗うなるのが毎年のことじゃったが今年はそんな嫌になることもなくお気楽に米軍基地から飛び立つホーネット、ハリアーにステルス戦闘機の爆音聞きつつエエ正月じゃの~と悦にはいるわしなんよね。ちんなみに当ブログでも紹介しちょる前立腺癌名患者の立場としてのわし、最近治療についての質問を受けることが多なったけど中でも圧倒的に多い岡本先生の治療は受けれますかいう質問。わしから言うんもなんじゃし、なんせ先生は昔からメールによる相談を受け付けてくれよるし、治療再開に向けて準備中っちゅうことなんで是非メールフォームに記入して送ってみられることをお勧めするんよね。

小線源治療:岡本圭生 医師 https://syousengen.net/brachytherapy-okamoto/

 

今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その11)

大津地裁の仮処分決定に待機患者さんともどもたちまち一安心したと思ったら、病院側は子供じみた言い訳を掲げて仮処分の取り消しを求めてきたからほんまに笑えるほどにたちが悪いのだけどもそんな中、小線源治療を終え、放射線治療も終えて約3か月目ということで3ヶ月目といえば頻尿頻便も若干治まったような、、でも爆発寸前ぎりぎりセーフのヒヤリ事例は跡を絶たずまだまだ油断は禁物の3ヶ月目、問題の滋賀医科大学付属病院の放射線科を訪ねた。問題といってもここで間違ってはいけないのは滋賀医科大学付属病院の問題は病院の上層部の一部の先生がたに色々な問題や事件やコンプライス違反等々の間違いや犯罪があるだけで病院自体はもとより、他の先生方、看護師さん、その他のお勤めの方々、ましてや大学へ通う学生さん、守衛さん看板さんにもレストランにもローソンにも罪や責任もないし全く悪くなんか無い。そんな滋賀医科大学付属病院のいつもの受付で訪ねた放射線科では皆さんのいつもの笑顔にほっとしたのもつかの間、にこにこ顔の河野先生からお呼びがかかり「どうですか」「だいぶ楽になりました」「OKですね」で終わり。220円を支払い、瀬田駅行のバスに乗り、JR瀬田駅からJR膳所駅まで移動、JR膳所駅からは京阪膳所駅まで徒歩で30歩?三井寺駅で降りるもくどうクリニックはそこからほんの20歩?。早く着きすぎたため三井寺を目指して歩いてみるも駅の横から山の方向へ向かって流れている運河?があり興味深々。琵琶湖から山に向かって流れている運河故、沿って歩けば三井寺に当たるだろうと歩きつつ立派な水門に見入る。運河は後で琵琶湖疏水運河と知るが、この石造りの運河は自然の河川にはない勢いで流れており、当然泳いではいけないのは当然ながら水道局管理下で立ち入り禁止となっており、立ち入るためには結構な高さの柵があるため、我が阪神タイガースが誤って優勝してもここに飛び込むものは居ない。故に観光客は牢屋の鉄格子から覗き見るがごとく水路を眺めることになっている。このごうごうとした流れはここ滋賀の三井寺から長等山のトンネルを潜り、京都の鴨川や宇治川に水を送っているということも後で知る。初夏の運河を横目にぶらぶらと歩けば気持ち涼しく、おおよそ25分程でぜいぜいと三井寺に到着。振り返り見渡せば琵琶湖も見えてなかなか気分もよろしい。往復の時間を計算し三井寺を後に下山するも見ごたえのある寺院群とはいえ、滋賀の寺院は奈良と異なり京都よりなのかしらん?入山料600円はちょい高い。くどうクリニックは元々心療内科が専門の小さな病院らしく、京阪線に隣接しており電車から手を伸ばせば洗濯物に手が届きそうな下町を走る阪神電鉄に似ている。そんなちんちん電車が駐車場をかすめ通る小さな美容院のような井出達のクリニックは待合室に5脚の椅子で一杯なのに滋賀医科大学付属病院の岡本先生からくどうクリニックの岡本先生充の紹介状を手にどんどんやってくる前立腺癌患者さんとその付添?の奥様まで詰め込んで酸欠状態。やがてせかせかといつもの様子で岡本先生登場、患者さんが次々に呼ばれ流れでゆきひと安堵。岡本先生は放射線科の問診もこっちで私がやるので次回から滋賀医大にはいかなくてもよいと言い血液検査と処方箋で終了。あとは病院側が仮処分の取り消しを求めてきたときのとびっきり阿呆な理由①治療体制②混乱について熱く怒り語ってくださいましたが、ひとりひとりに丁寧に①②について繰り返し熱く語っておられたようだった。支払いを終え処方箋を手に満員の待合室を横目に再び京阪とJRを乗り継いで滋賀医科大学最寄のJR瀬田駅前のビジネスに投宿。もう滋賀医大にもこのホテルにも、それから行きつけの小料理屋にも行くことはないのだなと思えば計30日間寝泊まりした愛着のある病院故に寂しい思い。バスタブで疲れを癒し、ママの顔を見るのもこれまでかなとこれまたちょっぴり寂しい思い、とぼとぼといつもの小料理屋へと向かうのでありました。

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今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その10)

岡本先生より「デモに参加せよ」との指令が届きホテルを予約するにも何故か滋賀医科大学付属病院最寄りの「瀬田駅」周りのホテルが満室?値段をあげることでなんとか数駅離れた「大津駅」裏の改札口地下道直結型のホテルが取れ一安心していたのもつかの間、草津駅前でのデモ行進&シュプレヒコールに参加する日がやってきた。いままでも署名活動やスタンディング、JR駅前での集会等々に出席はしてきたけれどもデモ行進は初めて。新幹線で京都までうつらうつら、HuluElementaryを観るでもない寝るでもない、在来線に乗り換え琵琶湖右回りの琵琶湖線で草津駅に到着すれば遠目にも見えてきた東口に数々の幟、それらはゆらゆらとまるで戦国時代の武将が武者震いをしているようにも見えるが目を凝らしてみると幟を持って佇んでいるのは勇ましくはないじいちゃん集団。私もじいちゃんで同類なのだが皆さん病気が前立腺癌なだけに高齢の男性に限定、すでにお日様と照り返しに炙られ苦々しく肩で息をしている方も居るように見えた。やがて拡声器が幾度もハウリングを起こしながら「くれぐれもご自分の体は自己管理#@水分補給を◆&#」ぶわぶわと風に揺れる拡声器の声は聴きとりづらい。そんなこんな注意事項が述べられ待機患者さんたちの挨拶があり「それでは@*▽!」どうやら出発か?暑さのせいで若干不機嫌にも見える大津警察官の方々による誘導に従って車道を2列で歩き、シュプレヒコールで声張り上げながらぞろぞろ歩いていると突然目の前の景色は一気に高校3年の夏だったか春だったか?米軍基地前の国道189号線にトリップした。思い出した、デモ行進は初めてじゃなかった。反戦喫茶に大物フォーク歌手が来たというような噂を聞きつけては周りをうろついてみたり、丈の長いジーンズに踵の高い靴を履きギターを持っていったりきたりぶらぶらしてみたりのそんな高校生のある休日、長髪でヘルメットを持った学生運動真っ最中の大学生風に声をかけられた。反戦デモに参加しないかということだったので機動隊と衝突し、暴れて警察に保護されるまま停学になる自分が目に浮かんだがそれよりなにより面白そうなので速攻でOKした。あくる日の約束の場所に集まればスクラムを組んで小走りでのデモ行進が始まり、ジグザグ走りに慣れないままに「ヤンキーゴーホーム!アメ公帰れ!安保粉砕!アメ公帰れ!」と笑顔で声を張り上げるのはそれなりに楽しかったが父の職業が外人相手の絵描きだったり、自分も外人の友人も居ることでなんとなく後ろめたい気持ちもあり、複雑な思いだった。デモが終わると3千円だったか2千円だったかが配られ何だか不思議な気持ちで冷房の効いたパチンコ屋に転がり込み玉弾きながら煙草ふかし、大人気分で好い気になっていたような記憶があるが、そんなこんなあれから40数年が過ぎた今現在、まさか前立腺癌にかかったことが縁?というか何というか炎天下のデモ行進なのだ。うむむと声を飲み込みシュプレヒコール。草津駅東口からショッピングモールから市街地からぐるぐると歩いて叫んで汗だくのままやがて草津駅西口に到着、ゴールでのイベントは特になく自然解散とのことなので速攻「大津駅」裏のホテルに投降したが、遠方から来た人(私のことではなく)がなんとなく気の毒で心に残った。かくいう自分とてそのまま帰ればいいのに泊まったのはあくる日大阪のカーディーラーに用事があるからというかデモの日程に合わせて貰ったからで、契約した赤のRENAULTのバンは大衆車であり、その高級外車というかプレミアカー専門店のだだっ広い駐車場の片隅でで悲しそうに浮いていたから益々なんとかしてあげようという気持ちになった。呉SOGO閉鎖前にペットショップで大きくなりすぎて餌が貰えず窮屈なケージの隙間から私の指をぺろりと舐めた餓死寸前のノルウェイジャンフォレストキャットを見つけ、後日キャリーバッグに入れて抱いて帰ったことを思い出した。赤いRENAULTのバンは4人乗ってもキャンプ用具が全て詰めるという理由だけで気に入ったのだが、早く取りにいかないと怖い顔したBENZBMW、ポルシェたちプレミアムカーに苛められてしまうのではないかと心配している。岡本教授の前立腺癌小線源治療学講座は任期まで延長され、たちまちの待機患者さんたちはもう助かる喜びで一杯、声を聴くだけで嬉しくなった。癌を宣告され治療法と病院の選択で眠れない日々を過ごしていたある日、岡本教授の前立腺癌小線源治療学講座を見つけ、高リスク前立腺癌のトリモダリティ治療による非再発率の数字を見たときの喜び、そして恐る恐るのメール、速攻帰ってきた岡本先生からのどちらかと言えば朴訥な「23年先でも治ります」との夢のような返信。患者会の皆さんは皆私と同じようなプロセスを経て今生きており、待機患者さんの気持ちは手に取るように判るのである。次は前立腺癌小線源治療学講座の延長ではなく、講座の契約更新による治療の継続を願うものである。そのほうが患者は助かるし、病院も儲かるのにねえ~もう喧嘩はやめて欲しい。

今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その9)

1週間入院の小線源治療治療を終えた5週間後、3.5週間入院の外部放射線治療も無事終わってもう1か月が過ぎた。待ち遠しく焦がれた私の高リスク前立腺癌の治療はこれですべて終わり、あとは副作用の対応とPSAの経過観察となる。放射線による副作用の頻尿や排尿痛、頻便に排便痛は今のところ想像の範疇であり、先輩方のブログで確認しているとおりでもあり、外出時には気を付けるようにしているというか、トイレの無い場所や車両には極力近寄らないし乗らないようにしている。頻尿の程度は自分ではよく分からないが健康時の1.5倍から2倍くらいか?漏れる寸前というか先っぽ摘まんでトイレに駆け込むようなヒヤリは数多くあれど今のところパンツを濡らすまでの悲惨な事故に至った経験は未だ無いが、切羽詰まった状況で駆け込んだ状況の割にいざその放水量はなんとも乏しく情けなくちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろと長いったらなく、若干の排尿痛のせいなのか止まったのがまだ出ているのかが未だもって解らない。同期生で近江八幡のTさん曰く「一旦止まるんやけど5分くらい構えたままにしとかなまた2発目が出ますねん」とおっしゃっておられた意味が解る。構えたままにしているともうひと搾り、2番絞りがもっとか弱くちょろちょろと出るような出ないような、そんな深夜の排尿は一気に老人になったような情けなさなのだが決して今が不健康というわけでもなく、若干の倦怠感はあれど食欲旺盛の暴飲暴食、毎晩のビールに追っかけで飲む焼酎が欠かせない日々はとてもじゃないが癌患者の生活ぶりとは思えない程能天気だ。思い起こせば昨年春、高リスク前立腺癌を告知され、絶望のまま車をやみくもに走らせ、仕事も手につかずネットで治療方法や闘病日記を検索し続けていた日々。PCや本に向かうことでなんとか正常を保っていた日々。目覚めるたびに夢であって欲しいと願う日々。今とても前立腺癌で苦しみぬいた患者とは思えないここんとこのお気楽な生活ぶりは何と言っても色々な先輩方の闘病日記で紹介されていた滋賀医科大学付属病院前立腺癌小線源治療学講座特任教授の岡本圭生先生の「小線源治療を希望される患者さんへhttp://www.shiga-med.ac.jp/~hqdbpc/brachytherapy6.html」というページにたどり着いたことが全てだ。岡本メソッドの成績は高リスク患者であっても5年非再発率が95%という極めて好成績な治療であり、はっきり日本一、その実績は1100人を超える。ページにはなんと?「前立腺がんの治療法でお悩みの方やセカンドオピニオンをご希望の方は、遠慮なく下記の担当医までメールでご相談くだされば幸いです。」とあり、この文を幾度読み直したことか。そしてこのページの下のほうには岡本先生宛のメールアドレスが本当にぽんっ!と載っており、その間口の広さにも驚くまま、お忙しい先生と聞いているからなるべく簡潔にと読み直しては編集し、消しては書いて漸く思い切って「送信」すれば半日置いて「大丈夫です。普通に治ります。〇月〇日に予約しておきますのでこれこれの資料をお持ちください。」というような簡潔なメールが来て思わず声が出て飛び上がった。「やった~!」もう治った気持ちになって小躍りするお調子者で小心者の私。迷いのかけらもなく、岡本先生に10000%お任せするまま無事に長い入院治療も終え、現在自分が癌患者だという自覚すら無い状態の私に回りの人達は眉を寄せ心配顔で近寄ってくる。元気なのに「元気になったら一杯やろう」と言うから別に元気だし、毎日お酒も飲んでるよというと「それなら飲もう」「いつ飲もうか」というようなことになるために退院祝いの宴が一時期続き、胃腸の調子が悪くなったが治療が終わったら恩返しだ。岡本先生も「生かされた命に感謝するとともに、今からは他人のために使いなさい」と後光が射すなか言っておられたがまさにそのとおり。滋賀医科大学付属病院側が閉講しようとしている前立腺癌小線源治療学講座をなんとか契約更新、治療を継続させることで、待機患者さんたちを一日も早く絶望の淵から救って欲しいと願うものである。癌を宣告された患者の気持ちは患者本人にしか分からない。生かされた私の命は今後も極力患者会等の活動にあて積極的に参加することで恩返しをするものである。(と言いながらなかなか診療の日と合わないのでここのところ参加出来ずにいるのだが我が気持ちは5割がた滋賀に置いて)

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今年の春(とはいえもう去年)の前立腺癌さわぎ(その8)

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滋賀医科大学付属病院で岡本先生の小線源治療後6週間が経ち、いよいよ最後の仕上げ=外部放射線治療の入院と相成る。外部放射縁治療は癌の悪性度により小線源治療に加えて設定される高リスク前立腺癌退治のセットメニューのようなものであり、更に悪性度が増せばホルモン剤の投与となりその3点セットはトリモダリティと呼ばれる。私の場合は前項2点セット、小線源治療で前立腺に直に放射線シードを埋め込み、更に外部からの放射線で上下左右の4方向より追加の放射線を受けて仕上げることになる。外部照射は土日を除く4週間弱毎日行われることになるが、そのかかる時間は待ち合わせと位置合わせとを加えても10分ほど。正味の放射線が放射される時間は4方向ぞれぞれ5秒程だと思う。おどろおどろしい放射線治療システム「NOVALIS-TX」というでかいガントリーのついたMRIみたいなロボットに横たわると、前もってとっておいた型に臀部と足部をはめ込んでレーザによる腰関節の位置合わせと更にX線による位置のチェックも行われているようだがしかしNOVALISおっかないったらない、毎日毎回ガントリーが顔の前をすれすれにごんごんと回転するのを眺めていると睾丸のあたりの毛がふわりと逆立ち、「きゃーっ!」って叫びそうになるのをこらえるのは閉所恐怖症のわしというか俺というか私というか僕。しかしたかが数秒とはいえNOVALISの3DCRT4門放射の威力は流石で放射2週間目あたりから頻尿の症状が加速した。元々小線源が埋め込まれた後、排尿回数が1.5倍程度にアップし頻尿ともいえない頻尿予備軍だったのに、今回の外部放射から一気に一軍いりを果たすもやはり嬉しくないぞ正規頻尿。どなたのブログにも書いてある頻尿、排尿痛、残尿感(残尿痛)更に追ってやってくる頻便、排便痛、残便感(残便痛)に困惑しつつも現在に至っているが、頻尿というか突然やってくる逼迫した尿意には参った。おしっこしたいなあ、、って思っても通常は少々の距離や時間の猶予があったのに、今のそれには余裕が無い。おしっこしたいな?と思ったらもう出はじめているというかもろにその寸前なのだ。思いついたら10秒以内にトイレに向かわなければ大変なことになる、そんな急な尿意なのだ。治療初日から1週間はそこまでの症状もなく旅行気分で土日の温泉やビールを満喫していたのだが、2週目を過ぎたあたりから行動にきっちりとトイレ位置を組み込まなければならなくなってきた。外出時にはまず帝産バスに乗る前のトイレ、瀬田駅に着いたらトイレ、JRで移動したら移動先の駅でトイレ、兎に角トイレがある都度トイレを済ませておく習慣が必須となった。入院先は6C。展望レストランの隣に棟になるのかな見晴しの良い病棟で入院時には4人部屋が空いてないという理由で一番でかい個室で自由を満喫。ネットもPCも使い放題ということで仕事も出来てHULUやAMAZONの映画やドラマで退屈はしなかった。部屋は地理的にも奥まった騒音の無い静かな位置にあり、騒音や夜通し鳴り響くナースコールや深夜の雄たけび「た~す~け~て~!」等とは無縁の世界、シャワーもトイレも部屋にあり、シャワー好きの私にとって最高の宿となったがやがて2週目で副作用の出始めたころ、婦長さんの案内で4人部屋に落ち着き、婦長さんに叱られてはPCをこっそり使っていたがやがての週末、いつものように外出して温泉三昧の挙句ビールを少し頂いてベッドに戻ったあくる日の朝、久しぶりに快眠し「ああ、いい天気」なんて背伸びしていると何やら同室の男衆がざわめいていて様子が変。よくよく聞いてみれば私が夜中に酷い鼾をかいて同室の3名が朝まで眠れなかったとかなんとか、なんとかしろとナースセンターにかけこんだとかなんとか、、うむむ、これはどうしようもなく速攻自宅の最高司令官に指示を仰ぎ婦長さんに個室に移る旨申し出たことは言うまでもなく、婦長さんも差額ベッド代金の追加に加え、苦言の対応にこまっていたところへ速攻引っ越しの申し出とくればにっこりOKは当然のことか。ほいさほいさを機嫌よくベッドとテーブルを運んでもらい2度目の引っ越しをすれば窓には琵琶湖。PCもLANも使い放題、シャワーは無いが頻尿頻便に個室のトイレは有難く、夜も更ければ部屋の明かりをすべて消し、琵琶湖の夜景、比叡山や武奈ヶ岳の明かりを眺めてつつベッドを倒し、目が覚めればうっすら明るくなってゆく琵琶湖と比叡山に武奈ヶ岳の3点セットを眺めるという贅沢だった。小線源の治療は岡本先生と河野先生により毎週3名が火曜日に執り行われるのだが、私の治療日の同期生についても幾度か通ううちに段々と顔が分かってきて、合えば挨拶を交わす程度から、お互いの状況について情報交換するまでになり、色々と楽しかった。一人は近江八幡在住のTさんで漫才師大助花子の宮川大助さんにちょっと似ている大先輩はトリモダリティで外部放射線に通ってこられ、幾度も待合で会っては情報交換をするうちに同行の奥さんに差し入れを頂いたりで感謝しかない。もう一人は横浜から来られていた先輩Nさん。私と同じ小線源+外部放射線で外部放射線については地元の横浜で受けるとか、滑舌のよい話し好きの不動産屋さん。この方とは電話で症状について何かと情報交換させていただいているのだが、瀬田駅前で呑みに行くお店が全く同じということで今度前乗りして呑みましょうねなどと約束している。入院中人と話すことがほとんど無く、当然地元ではないので知り合いに会うこともないのでこういった同期生との会話はなんとも有難くてこれもまた感謝しかない。是非とも岡本先生にお願いして診察日を3人合わせて頂くことにしよう。とかなんとか岡本先生と病院の問題は片付くことなく病院側の強硬なだんまりとWEBでの反論で先が見えないが、入院時にも入院前にもデモやスタンディングには胸を張って参加させて頂いた。今後も通院時にそういった活動があれば参加したいと思うが、この問題は難しい。なんとかお互いが怪我をしないええところ妥協策に落着いて頂いて是非とも講座閉講の延期=待機患者の命をまず救ってほしいと訴えるものである。また、今後も岡本先生と河野先生セットでのフォローも希望するというか10年先の完治をお二人の口で宣言してもらいたいと切に願う。

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